第108話 

 

「……なぁ。教師の人、来るの遅くね?」


「それな。というかこのクラスを誰が教えるんだよ。ハヤテ君いるし」


 そんな会話が聞こえて来た。

 話してたのは名前を知らない男性ふたり。


 年齢は20代っぽい。


 この学園はダンジョン攻略者を育成する施設だから、生徒には大人もいる。


 高校生の俺たちは、ここを卒業すれば高卒資格も得られるらしい。ただこの学園に入れる実力があれば、大学とか行かずに攻略者として生計を立てていくことになるんじゃないかな。



 ちなみに俺たちがいるSクラスは総勢9名。


 男が俺と直人、龍之介。それからさっきの男性2名。女性は玲奈とさきのん、FWOのイベントで会ったことのあるプロのプレイヤーさんが2名。


 龍之介も俺たちと同い年って聞いたから高校生5人、大人4人のクラスだな。


 蘇生出来るとはいえ、ダンジョン攻略は命がけなので基本は大人の方が多い。だから学園全体で見ると成人してる人の方が多いんだけど、うちのクラスは逆転現象が起きていた。


 直人たちを特訓して同じクラスになるようにした結果かな。



「ハヤテは先生、誰なら嬉しい?」


 玲奈は当然教師が誰か知っているが、今日まで俺に教えてくれなかった。


「FWOでランキング上位の人が来てくれると嬉しいかな」


 俺はFWOがゲームだった頃、ソロでの踏破率では世界14位だった。当時の俺より上位ランクだった人が今リアルで活躍してるって話しはあまり聞かない。だとしても、仮想現実の世界では俺をPVPでボコボコにしてくる猛者がいたんだ。


 もしそんな人たちが先生になってくれるなら、俺は今以上に強くなれるはず。


 俺はちょっと期待していた。


 だって先生を選んだのが玲奈だから。

 彼女が無駄なことをするとは思えない。


 口先だけでダンジョン攻略論を語る人をこのクラスの先生にするはずがない。



 ガラっとドアが開いた。

 生徒たちの視線が集中する。


「ごめんネ。少し遅れてしまっタ」


 入ってきたのは車椅子に乗った金髪の男性。


 誰だろう。見たことがない。

 少なくともFWOのオフイベントには来てない。


「私、ジョン・スミス。このクラスの教師をしマス。今日からよろしくネ」


 英語で話しているけど、それが首元の翻訳装置で日本語になって聞こえる。


 でもそれ以上に今は、彼の素性が知りたい。


「あ、あの。失礼ですが先生は──」

「まずは模擬戦闘場に行くヨ」


 俺たちに自己紹介の時間を与えず、スミス先生が教室の外へと向かう。


 いきなり訓練場に?


「なにしてるノ? 早くしテ」


 催促されたので、とりあえず先生のあとについて行くことにした。


 俺が席を立つと玲奈や直人たちもついてきた。

 それを見て大人たちも移動を開始した。



 ──***──


「文句を言わず来てくれてありがとネ」


「まず僕たちの実力を見ようということですか?」


「ノンノン。君らの実力は入学試験の映像を見たから知ってるヨ。今から戦うのは私が君らの先生としてふさわしいかどうか。君たちに認めてもらうための模擬戦」

 

 そ、そのお身体で?


「こんな身体で戦えるのかって思ったでショ。さすがにこのままじゃ無理。だから私はを使わせてもらうネ」


 スミス先生が指を鳴らすと、模擬戦闘場の地面が割れてロボットが出てきた。


 なんか偽ハヤテっぽい。


 でもその背にはマニピュレータではなく、太刀と呼ばれる武器が装備されていた。


「これは東雲財閥が僕のために開発してくれた戦闘用アンドロイド。僕はこれをFWOのキャラの様に操作が出来るのサ!」


 スミス先生がヘッドギアを装着すると、アンドロイドが動き出した。


「さぁ、戦うヨ。僕を倒せたら君たちに授業は必要ないネ。好きにダンジョン攻略しテ。授業なんて余計なことするのも無駄。でも僕に負けたなら、それは君たちにまだ伸びしろがあるってことだヨ」


 なるほど。

 わかりやすい。


「それじゃ、まず僕が行っていいですか?」


「ハヤテ君。いきなり君かヨ」


「先生はFWOで僕と戦ったこととかあります?」


「そーゆーのも含めて、僕に勝てたら教えてあげル」


「わかりました。全力で行きます!」


「闘気解放はなしネ。まだアンドロイドこの子が対応できないカラ」


「了解です」


 スミス先生が操るアンドロイドと対峙する。

 俺が構えると、相手は居合の構えをした。


 あ、あれ……。

 背中がざわつく。


 飛び込んじゃいけない。

 前に進めない。


 行けば殺られる。

 本能が前進を拒否していた。


 この感じ、もしかして──



「来ないノ? じゃあ、私からいくヨ」


 アンドロイドが視界から消えた。


「──っ!」


 何とか四刀を身体の前に構えて初撃を防ぐ。


「おっ。よく防いだネ」


 縮地という技術を応用した高速移動。更に相手の瞬きのタイミングを狙うことで、まるで消えたように見せる技術。それらを駆使して、スミス先生が操るアンドロイドが攻撃を仕掛けてきたんだ。


 これは流石に回転で受け流せない。


 その後の追撃を何とか躱すが、いつものように相手の攻撃を利用して反撃に出ることが出来ない。俺が回転できないような軸を狙って攻撃してくる。


 非常に戦いづらい。


「同格や格上との戦闘は、相手が嫌がることをするのが基本。回転はさせないヨ」


 俺は全力でやってるのに、先生にはまだ解説する余裕がある。


 この人、マジで強い。

 

 その後も何とか攻勢に出ようとしたが──



「動きは良くなったネ。でも、武器の疲労を見落としたのが敗因」


「えっ」


 先生の攻撃を受け止めた瞬間、模擬戦用の剣が4本とも砕けた。


「はい。私の勝ちだネ」

「ま、負けました」


 首元に太刀をつきつけられ、敗北宣言するしかなかった。

 

「嘘だろ。ハヤテ君が負けた?」

「スミス先生、強いんだ」

「颯君が勝てないなら私も無理だよ」

「俺も戦いたくないかな」


 直人や龍之介含め、誰も次に先生と戦おうとしなかった。


「颯君と最初に戦ったから、他の子が委縮しちゃったヨ」


「ごめんなさい。ZeRoさん」


「……気付いてくれたんダ」


「最初の構えで気づきました」


 総プレイヤー数1億人を超えるFWOの頂点。ダンジョン攻略率もPVPのランキングも共に1位に君臨する最強プレイヤー、ZeRo。


 自分よりランキングが上のプレイヤーでも、何度か戦えば1回は勝つことが出来た。そんな中、俺が1度も勝てなかったのがZeRoだった。


「私は生まれつき歩けなかっタ。あと精神的な病気もあって、人が多い場所に長時間いることも出来ない状態。でもFWOの中では自由に動き回れタ。それが楽しくてのめり込んでるうちに、気づいたら世界1位になってたヨ」


 FWOでは毎年ランキング上位陣がアメリカの運営会社に招待されるイベントがあったんだけど、1位の彼だけは毎回その招待を断り参加していなかった。


 そんな事情があったんだ。


「とりあえず、私が君たちの先生ってことで良いカナ? このとおり、私はダンジョンに入れないんダ。でも私が大好きだったFWOの世界を奪った女神への仕返しがしたイ。君たちを最強の攻略者にすることで一糸報いたいんだヨ」


 スミス先生が俺たちに頭を下げた。


「利用するようで申し訳ないが、君たちとしても今より強くなれル。悪い話じゃないダロ?」


 俺は問題ない。あのZeRoが先生になってくれるなんて嬉しすぎる。きっとアメリカでも教師になってくれと打診があっただろうに、彼はこうして日本に来てくれた。それは凄いことだ。

 

 扱う武器は違うけど、参考にできることはたくさんあるはず。


 チラッと後ろを見ると、直人が手で『どうぞ』と合図してきた。俺がクラス代表で回答して良いということだろう。



「スミス先生。これからよろしくお願いします!」


「「「よろしくお願いします!」」」


「ありがと。よろしくネ」

 

 こうして世界最強の人が俺たちの先生になった。

 

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