第097話


 黒のダンジョン、チュートリアルエリアにて──

 

「ちょ、ちょっとタイム。もう、無理っ!」 


 地面に膝をついた直人が肩で息をしながら、必死に訴える。 


「でも直人、モンスターは待ってくれないよ」


「そうです。早く立ち上がって下さい、直人さん。次の敵が来ますよ」


 半透明なシールドの向こう側から、颯と玲奈が直人の姿を見ていた。


「いやお前ら、なんで見てるだけなん?」


「だってこれ、私たちの訓練だもん。最強の颯君と玲奈ちゃんが手伝ってくれたら意味ないじゃん。てことで直人、早く立ちなさい」


 芽依に手を引かれ、直人が無理やり立たされる。


「もう無理だって。俺、ほんとに限界で」


 休憩は何度か挟んでいるが、かれこれ1時間以上モンスターと戦わされ続けて直人の体力は尽きかけていた。


「甘ったれないで! 颯君たちと一緒のクラスになるんでしょ!? これからもずっと颯君の親友でいるんでしょ!?」


「え、なんで今それ言っちゃうの?」


「昨日私に宣言してくれたよね。ちゃんと颯君と対等でいられるように頑張るって」


 直人としては一緒にダンジョンに入る以上、颯の負担にはなりたくないという想いがあった。これまではただ配信を見て感想を伝えるだけの関係だったが、今後は一緒にダンジョンで戦える。親友だと思える颯と共に過ごせる時間が増えるのは喜ばしいことだと考えていた。


 だから彼はその場のテンションで、芽依に宣言してしまったのだ。


「直人、ありがと。そんな風に思ってもらえて嬉しいよ」


「ハヤテと親友であろうと頑張る直人さん、かっこいいです!」


「玲奈ちゃーん。直人は私のだからね。かっこよくても狙っちゃダメだよ」


「はーい。わかってまーす」


 そんな会話をしていると、颯が設定したモンスターがその場に出現した。


「さぁ、次が来るよ」

「がんばってください!!」

「直人、また私を守ってね」


「お前ら3人ともドSだな!! てか、なんで俺ばっかり狙われるんだよ!?」


「なんでって」

「それは」

「FWOの仕様だから」


 直人は大剣を持った重戦士。

 芽依は杖を持った魔法使い。


 重戦士には敵モンスターの攻撃を引き付けるパッシブスキルがある。それが自動で発動するため、彼はずっと敵の攻撃に晒されてきたのだ。


「あ、まずいかも──」


 芽依にモンスターが接近する。


 挑発系のスキルが発動していても庇護対象との距離が離れすぎていたり、モンスターとの位置関係次第では攻撃が他の所にいってしまうこともある。


「くっっそがぁぁあ!!」


 地面を強く蹴り、大きく飛んだ直人が芽依に攻撃しようとしていたモンスターを大剣で両断した。


「やるねぇ。ありがと」


「おまっ、今の絶対に避けれただろ!!」


 咲野 芽依は甲賀の忍である。直人が叫ぶように、この程度の攻撃を避けることは容易い。魔力が増える代わりに移動速度のステータスが低下する魔法使いという戦闘職ジョブになっている彼女だが、もとの身体能力が高すぎるため多少動きが制限されたところで問題はない。


「だからこれは、なの」


 芽依は『私たち』と言ったが、彼女がその気になれば魔法使いでありながら全てのモンスターを杖で撲殺できてしまう。しかしそれでは意味が無い。


 これまでずっと守られる立場だった直人の心身を鍛え、高難易度のダンジョンでも安全マージンを取りながら踏破できるくらいの実力を付けさせる。直人が望む颯とのダンジョン踏破を、彼だけの力で実現させる。それが芽依の目標だった。


「私は今から魔法を詠唱するから動けなくなる。ちゃんと守ってね」


 直人は守るべき主だが、このチュートリアルエリアではモンスターから攻撃を喰らっても死ぬようなことはない。それに加えて多少の無理をしないと、既に人外級の強さになっている颯たちに追いつけない──そう判断した芽依は、直人に頑張ってもらうことにした。


 特に疲れている時ほど、人は身体を最も効率よく動かすようになる。極限状態で戦い続ける感覚を身につけるチャンスなのだ。



「あー、もう! わかった、やるよ!!」


 芽依を守るように前に立った直人が大剣を構え直す。


「あとでちゃんと褒めてな」

「うん。いっぱい褒めてあげる」


 ふたりは大量に出現するモンスターを相手に戦い続けた。

 

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