第092話 東雲 玲奈
やっちゃった……。
とんでもない大失敗。
私、ハヤテに自分の誕生日を伝えてなかった。
ちゃんと言っておけば、彼はきっと私の誕生日をお祝いしてくれたはず。プレゼントとかも用意してくれたと思う。
私は東雲財閥総裁の娘。
望めば大抵のものは手に入る。
でも、そういうことじゃない。
ハヤテが私のために選んでくれるってことが大事なの。彼が私にって選んでくれたものなら、例え道端に落ちてる石ころだって宝物になる。一生大切にする。
それなのに……。
うぅ、私のバカぁ。
今から言う?
でもそれはなんか嫌だ。
なにも準備してない! ──って、
もし知っていれば色々と準備してくれたはず。だからこそ実は今日が私の誕生日だなんて言えない。
「いいよ。ダンジョンに行こ!」
頑張って明るく振舞ったけど、もしかしたらハヤテはなにかおかしいって気づいちゃったかも。
──***──
それから私は、ダンジョン攻略に行くことをお父様に言いに来た。
今日は私の誕生日ってことで、お祝いの宴が準備されている。始まるのは夕方からだけど、事前にヘアセットとかしなきゃいけなくて時間がかかるの。
そーゆーのを全部遅らせてほしいって伝える必要があった。
「……そうか、颯君に誕生日のことを言ってなかったんだな」
「はい。でもそれを今から言ってもハヤテを困らせちゃうだけなので、わざと伝えずにサプライズパーティーにするつもりだったってことにします」
私の誕生日を知らなかったことに関してハヤテを少し責めて、今晩一緒に添い寝してくれるのをプレゼントってことにしちゃうのはどうかなって考え始めてた。
ありだと思うんだよね。
そう考えれば、誕生日に推しとダンジョン攻略するのも最高のプレゼントだってことになる。
……あれ?
昼も、夕方も、夜も推しと一緒にいられる。
これって最高の一日なんじゃない?
あ、ダメだ。
ニヤけるのを抑えられない。
「ど、どうした玲奈。酷い表情をしているが、気分が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です」
平常心を維持しなきゃ。
口角が上がらないよう真顔を心がける。
ハヤテが悪かったってことにしないと、添い寝を要求出来ないからね。
そもそもSNSのトレンドに乗るぐらい私の誕生日で盛り上がってるのに、なんで知らないのよ!? ほんとに四刀流のことしか頭にないんだから!
でもまぁ、興味のあること以外に無頓着な所も含めて私はハヤテを好きになったんだから、仕方ないかな。
「夕方には必ず戻ります」
「……そうか、わかった。今日の祝宴には外国からも客人が来る。だからダンジョン攻略を早めに切り上げてくれ。もちろん、安全第一でだ」
「はーい」
今日の私の誕生会には過去に私とハヤテが救出したタイの歌姫ムーランさんや、ハリウッド女優のメアリさんたちが来てくれる。久しぶりに会えるのが楽しみ。
参加しないって選択肢はない。
私が主役だしね。
今日攻略するのは第3等級ダンジョンだから、今の装備なら休憩を挟みながらでも5時間あれば踏破できる。
「それでは、行ってきます」
「いってらっしゃい」
──***──
誕生日に
真横にハヤテがいる。
横顔もかっこいい。
今日こうして無事に16歳の誕生日を迎えられたのも、トロフィーにさせられた私をハヤテが助けに来てくれたから。彼とこうして一緒にダンジョンを攻略できるってことがとても素晴らしいことなんだと、改めて心に刻む。
頑張って真顔を維持しようとしていたら、やまびこ作戦を忘れちゃった。
ハヤテ、怒ってないかな?
なんとなく今日は、いつもよりハヤテが私のことを褒めてくれない気がした。
けっこう頑張ってるんだけどな。
頭撫でてくれないかなぁ……。
まぁ良いけどね。ハヤテは今晩、私の誕生日を知らなかった罪で、私の抱き枕になることが決定してるんだから。
そんなことを考えてたら、あっという間にラスボスのところまで来てた。
あんまり褒めてくれなかったけど、ここのエアクリスタルは特にハヤテと相性が悪い。だから私が活躍するチャンス! って思ってたのに。
「今日は玲奈のためにアイツを一撃で倒してくるよ」
ねぇ、待って。
どういうこと?
ハヤテが欲しいアイテムがあるって言って、ここに来たんだよね?
それがなんで私のためにってなってるの?
「“蒼穹の首飾り”が欲しいって、前に配信で言ってたよね」
意図は分からないけど、ハヤテが言う通り私は“蒼穹の首飾り”っていうネックレスが欲しかった。それは弓使いの攻撃力と防御力を高めてくれる貴重な装備。
ゲームだった頃のFWOでは、エアクリスタルを倒した時に蒼穹シリーズって装備が低確率でゲットできた。蒼穹シリーズの中でもネックレスが特に希少で、マーケットにも出回らなかった。市場にないものはいくらお金を積んでも買えない。
入手方法が特殊なのだという噂が流れたこともある。
結局その蒼穹の首飾りはアイテムリストでスペックが判明しているだけで、装備として所持している人は誰もいないと思われていた。
そんな幻のアイテムを──
「はい。これは玲奈にあげる」
ハヤテから手渡された。
深い空色のネックレス。
凄く綺麗だった。
闘気解放したハヤテは可能な限りのバフを積んで、武器の持ち替えもして攻撃力に補正をかけてた。それに加えて現在四刀流で使用可能なダメージ倍率が最も高いスキルをエアクリスタルに叩き込んだの。
本体を守っている強固なシールドごと敵を両断してた。
ありえないよね。
エアクリスタルは不規則な軌道で飛行する。そんな敵に当てるのが最も難しいスキルをヒットさせるだけじゃなくて、ちゃんと急所を狙ってたみたい。そこまでしないと一撃じゃ倒せないんだって。
でもこれは現実なんだよ?
攻撃を外して、反撃を喰らえば死んじゃう可能性だってあるんだよ?
なんでそんなリスクのあることをするんだって思ってた。でもその理由は、私に蒼穹の首飾りをくれるためだったらしい。
「これ、ハヤテが欲しかったんじゃ」
「ううん。もともと玲奈にあげるために、今日はここに来たんだよ。いやぁ、無事にワンパンできたし、ゲームと仕様変わってなくて良かった」
ハヤテはFWOの高難易度クエストをクリアした時の様に、すごく満足気な表情をしていた。
「玲奈、誕生日おめでとう」
耳を疑った。
ハヤテが私に、おめでとうって。
「え、な、なんで? だってハヤテは知らないはず」
「実は先月、藤堂さんに教えてもらった」
……そうなんだ。
そーゆーこと。
てことはお父様もハヤテが私の誕生日を知ってることを知ってるはず。
やられた。
「サプライスにしようって、誰が計画したの? ハヤテじゃないでしょ」
「う、うん。とある御方の助言で」
たぶん愛奈だと思う。
あの子は私が喜ぶことを誰より分かってる。
こんなの最高すぎる。
ほしかった装備をプレゼントしてくれた。
誕生日を知らないって思わせておいて、でも私のために難易度が凄く高いことをして装備をゲットしてくれた。
落として上げる作戦はズルいよ。
これ以上ないくらいハヤテのことが大好きだって思っていたのに、さらに惚れさせようとしてくるとか……。
「ハヤテ、これ私につけて」
蒼穹の首飾りを彼に渡す。
ボスを倒した後だから、今は強制配信されていないはず。
「うん。わかった」
ハヤテの手が私の首の後ろに回される。
彼との距離が近い。
かっこいいなぁ。
私、今すごく幸せ。
「あ、あれ?」
ハヤテは普段リアルでネックレスとかしないみたいで、少し手間取っていた。
困ってる様子も、真剣な表情も素敵。
「よし、できた!」
「ありがと」
最高の誕生日プレゼントだよ。
首飾りをつけ終わって私から離れていこうとする彼の首に手を回して逃がさないようにした。
これは私からのお礼ね。
「ハヤテ、大好き」
私の行動に驚いているハヤテにキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます