第080話 女神と定春
『闘気、解・放!』
「え、えっ⁉ なにそれ! かっこいい!!」
真っ白な空間。そこで何にも支えられず宙に浮くモニターを見ていた女神が大きな声を上げた。その表情は新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
「定春、これ見て! ねぇ、見てってば!」
「……もぉー。なんすか?」
集中してダンジョンの設定をしていた定春は、少し苛立ちながら女神が指さすモニターを覗きこんだ。
『闘気、解・放!』
そこにはリピート再生される颯の姿があった。
「ね、ね⁉ これかっこいいよね!?」
「また颯君か。これは確か彼が好んで使うポーズエフェクトですね」
「私が入ったウンディーネをボッコボコにしてくれたバケモノだから、この子の動向はたまにチェックしてるんだよね。そしたらなんか更にパワーアップするっぽいじゃん? なんなの闘気開放って? そんなスキルとか仕様、私も知らないんだけど⁉ ありえないくらい強いのに、もっと強くなるとかチートじゃない!!?」
「いや、彼のはただの演出です」
「……え?」
「特定のポーズをとることでエフェクトが出るんですよ。彼が纏ってるオーラみたいな感じのが。ちょっと前に第4等級ダンジョンが踏破されたら、このシステムが解放されるようコンパイルお願いしたじゃないですか」
定春がシステムを構築し、それを女神が現実世界に実装している。そのため女神はポーズエフェクトのことも事前に定春から説明を受けていた。
しかし彼女はそれを完全に忘れていた。
というより説明を聞いてすらいなかった。
「えっ。じゃあこれ、なんの意味もないの?」
「そうなりますね。たぶん彼も気分を上げるためだけの目的で使っているんだと思います。もともとそーゆー機能なので」
「…………つまんない」
「は?」
「つまんない、つまんないつまんなぁぁぁああい! こんなにかっこいいポーズするなら強くなりなさいよ! ただの演出⁉ 何よそれ、期待外れ! つまんない!!」
「んなこと言ったって、あんたノーマル状態の颯君にボコされてるんすよ? もし彼が本当に強化されちゃったら、ガチで誰も颯君を止められなくなります」
定春は何となく嫌な予感がした。
そしてその予感は的中する。
「わかった! それじゃこの闘気開放を私のオリジナル設定ってことで現実世界でも使えるようにしちゃお!」
「マジっすか」
「別にこの子が強くなっちゃってもいいもん! 私には定春がいるからね」
「……ガチの人外級強さになったは颯君を、更にパワーアップさせたボスキャラで叩き潰せるようにしろと?」
「うんうん。やっぱり定春は天才だね。私がやりたいこと、すぐ理解してくれる」
女神は考えが単純すぎてわかりやすいと思うのだが、彼はそれを口にしない。
「まぁそういうことならシステムの構築はしますが、実際に人間が力を使いこなせるかはわかりませんよ。通常の
ゲームでは使用することで力やスピードが上がる身体強化スキルが存在する。しかしそれをリアルの人間が使用すると、脳が認識している自身の力と実際に出せてしまう力の差でうまく行動ができなくなってしまう。
それを防ぐため、身体強化スキルが使用された際は知覚や脳の処理も同時に補佐する仕様にすることで何とか対応していた。
「この闘気開放って、使ったらどうなると最高にかっこいいと思う?」
「俺の話は聞いてくれないんすね。まぁ、いつものことなんでいいっすけど」
諦めた表情で、定春は過去の配信動画を検索し始めた。
「これ見てください。颯君が苦戦してます」
「うわぁ。モンスターの数ヤバいね」
周りを埋め尽くすほどのモンスターの群れ。
必死に颯が剣を振るが、敵の数は全く減らない。
「こんなの絶望するしかないじゃん」
「見ててください。こっからです」
『これは、使うしかないね。──闘気、解放!!』
例のポーズをした颯の周りを赤のオーラが舞う。
それはただのエフェクト。しかし──
「は、えっ。ちょ⁉ なに、やっばぁ!!」
それまでなんとかモンスターの猛攻を凌いでいる感じだった颯が攻勢に出た。
マニピレータに持たせた剣の一振りで数体の敵をまとめて屠っていく。攻撃を受け流し、別の敵に当ててしまう。まるで複眼でも持っているかのように周りの状況を完璧に把握し、最高効率でモンスターの集団を殲滅していった。
「彼はわざと苦戦してるふりをして、闘気開放後に無双するってムーブを好んでやっていました。さすがに現実世界でこんなことする余裕はないと思いますが」
「パワーアップ率だとどのくらいになる?」
「苦戦してる時を戦闘力10として、闘気開放後は20~22ってとこです。実は以前、ちょっと興味があってAIに解析させてたんですよね」
「じゃあ30いっちゃお!」
「いいんですか? 人間の力を全部3倍にするってことですよ。走り幅跳びで男子高校生が平均5メートルくらい飛ぶところを、闘気開放したら15メートル飛ぶようになるんです。マジのバケモンです。ダンジョンに入る人類がみんなそうなる」
「だけど今後、ダンジョンのモンスターはもっと強くなるでしょ? 武器とかスキルとか魔法も強力なものになっていくけど、それを使う人間が脆弱だとゲームとして成立しなくなっちゃわないかな。だから新しい強化システムが必要だと思うの」
FWOがゲームだった頃はスキルで強化されたアバターが空を舞うように戦うことも多かった。しかしダンジョンがリアルに出現した現在、颯のように高く飛んで戦う攻略者はほとんどいない。
「女神さまも考えてるんですね」
「偉いでしょ。褒めなさい」
「はいはい。それじゃ能力上昇値は300パーセントでOKですね?」
「おっけぇー!」
「ちなみにいつ実装します?」
「今すぐやって! 実は今この空間、時間の流れを現実世界の1万分の1にしてる」
「えっ」
「こっちの画面を見て。例のバケモノの子がまだポーズしてるでしょ? 現実世界じゃ、まだ0.06秒くらいしか経過してないの」
颯が闘気開放と叫び、オーラが彼の周りを舞い始めた時点で女神は自分たちがいる空間の時間の流れを変えていた。
「この子、このまま本当にパワーアップさせちゃおう」
「さすがにモンスターに囲まれた状態で勝手に力を3倍にするのは鬼畜だと思うんですけど。コントロールできなきゃ死にますよ」
「大丈夫でしょ。彼ならなんとかなるよ。それにもしダメだったときは、女神サービスってことで私がこの子を蘇生させてあげるから」
「そういう条件なら、まぁ。いいのかな」
不安は残る。
でも颯ならたぶん大丈夫。
定春はそう考え、闘気開放を本当の身体強化システムとして構築を開始した。
「ふふふっ。これでまたこの世界が面白くなるね!」
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