第059話 メアリ・タイラー

 

「メアリさん。 さっきはありがとうございました」


 配信が切れたあと、が私に話しかけてきた。


「え、なんのこと?」


 さっきはって、私なにかしたかな?


「メアリさんが僕のファンだったって設定を説明してくれた時、照れた演技をしてくださったことです。あのおかげで多くの人が信じてくれました」


 あぁ、それね。


 悪人にハヤテ様が洗脳されていて、薬品を使って私の意識を奪ったということを聞いた私は、彼を守るために今回のストーリーを提案した。


 パパが配信で説明した、私がハヤテ様の大ファンで、彼に助けてもらったって気づいたら取り乱すだろうって設定ね。


 まぁ、設定もなにも真実なんだけど。

 私は本当にハヤテ様のファン。


 でも、それをパパは知らない。

 誰にも教えてない。


「ふふっ。どういたしまして」


「でも、良かったんですか? 俺は助かりましたけど、かっこいいキャラで女優のお仕事をずっとしてきたのに……」


 私のキャリアを心配してくれてるんだ。

 もうこの人、本当に尊い。好き。


「命の恩人のためだもの。このくらいするわよ」


 余裕を見せて対応するけど、少しでも油断したら今すぐ泣いちゃいそう。


 私の推しが、こんなにも近くでしゃべってる。

 もう幸せすぎる。


 そういえば私を助けに来てくれた時、玲奈さんみたいに私も抱きかかえてくれたんだって。彼は洗脳されてたけど、それでも彼に抱かれたって事実は変わらない。


 日紗斗って人みたいに、地面に降りるまでただ見られてるんじゃなくて良かった。


 

 あー、もう。

 全部ぶっちゃけたい。


 あなたが大好きですって。

 ずっとファンだったって。


 でもそれは彼を困らせちゃうってわかってる。


 ハヤテ様はレナさんと一緒になるべきなの。

 私なんかが邪魔してはダメ。


 ちなみにレナさんは少し離れたところで、私のことを睨んでる。私にハヤテ様をとられないか心配してるんだろうね。


 小っちゃくて可愛い。


 スタイルとかなら勝てる。

 でもあの可愛らしさは日本人特有だよね。


 ハヤテ様がレナさんを溺愛してるのも十分わかってる。


 ファンとして、彼を困らせることはしたくない。

 そう何度も自分に言い聞かせたんだけど……。



 でもファンとして、彼に認知してほしい気持ちが抑えきれない。


 本当にちょっとだけ。

 ハヤテ様が私のこと気づいてくれてるのか確認したい。



「私、日本が大好きなの。だから日本の人に助けてもらえて嬉しかった」


「そうなんですね。もし日本に来たら俺たちが案内しますよ。いいよね、玲奈」

「も、もちろんです!」


 ハヤテ様ひとりじゃないのかぁ。

 でも、また会う約束ができたから幸せ。


 もう私たち、友達だって思っちゃっていいよね?


「ありがと。その時は連絡するね。それから私は日本の早口言葉が気に入ってて最近練習してるの。ちゃんと言えてるか、日本人のお友達に聞いてほしい」


「はーい。どれのことかな」

「私は早口言葉って苦手」


 ヒントに気づいてくれると良いなぁ。


 早口言葉の部分だけオート翻訳をオフにできるよう、首元の装置に手をかける。


「えっと、いくよ。『隣の客は良く喰う客だ!』──どう? 言えてる?」


「お客さん食べちゃダメですよ」

「柿です、柿」

「しかも客の方が言いにくくなってる」


 ふたりとも笑ってる。


 これ、日本人を笑わせるネタとしてやっぱりアリなんだね。


「ま、間違えちゃった」


「すみません、笑っちゃって。そういえば俺の古参ファンにも、メアリさんと同じ間違えしてる人がいました」


「えっ」


 も、もしかして──

 

「隣の客はよく客喰う客ださんって名前で、ずっと前から俺の配信を見に来てくれる人がいるんですよ。最初は挨拶で名前を呼ぶときに嫌がらせされてるって思いました。どう考えても呼びにくいし」


「噛みまくってたもんね」


「うん。でもレーナと同じく毎回俺の配信を見に来てくれるし、頑張ってその人の名前を呼んでるうちに活舌が良くなりました。今では感謝してます──って、メアリさん? ど、どうしたんですか⁉」


「え?」


 気づいたら泣いてた。


 実は私、さっきの早口言葉をそのままユーザーネームにしてハヤテ様の配信を見てきたの。


 推しに認知されてるのが嬉しすぎた。

 嫌がらせだと思われてたのは心外だけど。


 感謝してるって言われたのが幸せだった。



 もう私、あなたに一生ついていきます!!

 

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