第057話
「こいつには僕を命がけで守るよう命令してある。残念だったね」
東雲財閥の総裁は、娘の玲奈に万一のことが無いよう多額の資金を提供した。資金を受け取った颯は惜しみなくそれを使い、現在入手可能な最強装備を作り上げている。そこに現実でも訓練を積み、ゲームでランキング上位になるほど鍛えられた玲奈の技術が加わった。
玲奈は遠距離系最強の攻撃力を有している。
しかし颯は、そんな彼女の攻撃を容易く防いでしまった。
「僕はFWOってのをよく知らないけど、配信で見る他の奴らより君の装備が強そうだ。それでも僕のハヤテには勝てないよ」
「ハヤテはあんたのなんかじゃない!!」
「ちっ、うるさいなぁ。コイツはもう僕の道具なんだよ」
少し玲奈に対してイラついたデイビッドが、彼女に精神的ダメージを与えようとあえてハッキリ命令する。
「ハヤテ、あの女を倒せ。でも殺すなよ。アレも僕のモノだ」
颯は無表情のまま、玲奈に向かって歩き出した。
「ね、ねぇ、ハヤテ…。やめてよ、冗談でしょ」
以前、西園寺 日紗斗が玲奈のことをPVPの景品扱いした時、颯は怒ってくれた。しかし今の彼はデイビッドの命令に従って無言で近づいてくる。
それが玲奈を苦しめた。
本当に颯の意志が戻らないのだと気づかされてしまった。
自我が消されるという絶望から救ってくれた颯を今度は助けるためにここまで来たのだが、玲奈は彼のために何もできないという自身の無力さを恨んだ。
自分が声をかければ、颯は元に戻ってくれるという淡い期待もあった。なんらかの理由があって、洗脳されてるフリをしているだけの可能性も考えていた。
しかしそれらは、根拠のない希望に過ぎなかったようだ。
玲奈は弓を地面に落とした。
もう戦意はない。
深い絶望から、自然と涙が溢れ出る。
殺すなと命じられた颯は玲奈の戦意喪失を認識し、彼女の近くで歩みを止めた。
「なんだ、抵抗もしないのか」
つまらなさそうにするデイビッドだが、玲奈の心が折れたことには満足した。
感情が激しく揺れ動いた時、洗脳はやりやすくなる。玲奈を使って東雲財閥から大金を引き出す計画もあるため、まずは彼女を捕まえる命令を下そうとする。
それより先に玲奈が動いた。
「ハヤテ、助けてあげれなくてごめんね」
捕まって洗脳されれば、今度こそ本当に自分が自分でなくなってしまう。だからこれが最期だと思った玲奈は、無理やり颯にキスをした。
「お、おい! なにやってる!? 離れろ!! その女は僕のになるんだぞ!!」
玲奈から離れるよう颯に命令するデイビッド。
「……いやです」
「え?」
「玲奈は俺の彼女です。貴方なんかに渡しません」
颯が玲奈を抱きしめながら身体を反転させ、デイビッドを睨みつける。
「は、ハヤテ? 意識が、戻ったの?」
「うん。ごめん、玲奈。心配かけちゃったね」
「馬鹿な! ぼぼ、僕の装置だぞ!? 脳内の神経コードを完全に書き換えるんだ! マインドコントロールとはわけが違う! も、戻るはずがない!!」
「正直、かなりヤバかったです。意識は残ってたけど、身体が思うように動かせなかった。玲奈が助けに来てくれなかったら本当にダメだったかも」
そう言いながら玲奈を抱きしめる颯の腕に力が入った。
「いやいやいやいや、あり得ない! あの装置で意識が残るなんて、絶対にあるはずがない!! おおお、お前はいったい、なんなんだよ!?」
「普通のFWO配信者です。ただちょっとだけ忍術が使えます」
「は?」
「あと、俺は玲奈のことが大好きです。俺の鍛え方が足りなかったせいでもありますけど、全ての元凶はお前だ。玲奈を泣かせた原因を作ったお前を──」
颯から殺気が溢れ出る。
「俺は、絶対に許さない」
それは訓練を受けた忍でも身動きできなくなるほどの圧だった。
一般人のデイビッドが到底耐えられるものではなく、彼は泡を吹いてその場に倒れ、小刻みに震え続けている。
「な、なにしたの?」
「威圧して、ちょっと幻覚を見せた。殴ってやりたい気持ちもあるけど、そんなことより今は玲奈から離れたくない」
そう言いながら颯は玲奈の身体を一層引き寄せる。
「ごめん、油断してた。いつでも逃げれるって。玲奈が無事そうだってのも分かってたから、それでつい──」
「ううん、もう良いよ。ハヤテが私のところに帰って来てくれて嬉しい」
「俺も戻れて嬉しいよ。玲奈を見ても、声を聞いてもダメだった。玲奈を傷つけるように命令されたらどうしようって思ってた。だけど玲奈がキスしてくれたおかげで身体のコントロールを取り戻せたんだ。本当にありがと」
「ふふっ。どういたしまして。じゃあ、これで貸し借りはなしね」
「貸し借り?」
「ほら。トロフィーだった私を助けてくれたやつ」
「あれは別に貸しとか思ってないけど」
「いいの! これで私もハヤテと対等だって胸を張れる。ハヤテの隣にいて良いんだって自信が持てるの」
玲奈は以前から颯の熱狂的なファンだった。はじめは彼に認知されたいという意識だったが、いつしかそれは颯の隣に並んで戦えるパートナーになるという決意に変わった。
しかし颯に助けられてからは一緒に戦っていても、どこか対等ではないように感じてしまっていたのだ。
「てことで、これからもよろしくね。ハヤテ」
「うん。よろしく、玲奈」
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