第056話 東雲 玲奈

 

 望月さんが東雲財閥の情報網で誘拐犯のデイビッドって人について調べてくれた。


 彼は大統領周辺の汚れ仕事をする人だったみたい。それが大統領の命令だったり、アメリカのために彼の独断で動いたりと色々だったけど、少なくともデイビッドは裏の人たちと繋がりがある。


 だから私が行く先に、傭兵や殺し屋もいるだろうって。


 怖くないわけがない。

 さっきまでは手が震えてた。


 でも私は足を前に進める。


 逃げちゃダメ。今逃げたら、もうハヤテに会えなくなるかもしれないから。


 彼を取り返せるなら何でもする。

 

 唯一の救いは交渉場所がダンジョン内ってこと。

 そこは私たち攻略者に有利な場所。


 本当に傭兵がいて、銃を持っていても大丈夫。外の世界の武器はPVP機能が有効になっていても攻略者にダメージが入らないようになってる。


 相手もダンジョンでゲットした武器を持っていたら困るけど……。過保護なハヤテのおかげで、私は現時点で考えられる最強装備を身に着けてる。


 この装備、全て彼と一緒に作ったの。


 ほんとは素材集めからやりたかったけど、トロフィーにさせられた人の救出を優先してきたから素材はマーケットで買って、強化を一緒にやっただけ。

 

 それでも楽しかった。

 幸せな時間だった。

 

 その思い出が私に力をくれる。



 黒のダンジョンの最大パーティー人数は8人。そこに私が加わるから、ハヤテとデイビッドを抜いて傭兵は最大で5人。メアリさんも一緒に来ていたら、傭兵は4人になる。


 たった5人なら倒せる。

 私なら絶対にできる。


 5人倒して、私のハヤテを返してもらうの。


 


 黒のダンジョンに入った。


【黒のダンジョンへようこそ。チュートリアルを開始しますか?】


 目の前に浮かんだ YES / NO という選択ボタン。

 

 私はYESを選択した。

 こうするように言われているから。


【チュートリアル用の空間に移動します】


 周りの景色が変わる。

 心地よい風が吹く広い草原。


 私はこの場所が好き。


 ここから先に移動すると自動でチュートリアルが始められる。あまり動かずに待っていれば、一緒にゲームを進めたい人とパーティーを組んで進めることも可能。


 

 少し待つとパーティーへの招待がきた。

 

 私はそれを受け入れる。

 パーティー加盟承認のボタンを押すと景色が変わった。



「やぁ、初めまして。君がレナ・シノノメだね」


 先ほどまでとは別次元の空間。

 そこで私を待っていた男が話しかけてくる。


「ハヤテ!」


 男の隣にハヤテが立っていた。

 私を見たはずなのに表情も変えない。


 洗脳されてるっての、本当なんだ。

 待っててね。今すぐ解放してあげる。


 ハヤテの後ろには手足を縛られた状態のメアリさんが地面に横たわっていた。彼女は意識がないみたい。


 傭兵とかがいるって思っていたけど、私以外には3人しかいなかった。


「言われた通りひとりできました。メアリさんと、ハヤテを返してください!」


「君は馬鹿なの? こいつらを返したら僕は何も得られないでしょ」


「だから、何が望みか言ってください」


「望みか。んー、そうだなぁ。この状況で僕が望むのはかな」


「……え」


「世界最強のダンジョン攻略者を手に入れた。世界最強の国を動かす男の娘を手に入れた。最後に超金持ちの可愛らしいお嬢様まで手に入れられるんだ」


「な、なにを言ってるの?」


 デイビッドの意図が読めなくて困惑する。


「察しが悪いね。僕はもう必要なモノは全て手に入れたんだよ。仮に警察や軍が僕を捕まえに来てもアイテムを使ってダンジョン内に逃げればいい。ハヤテがいれば怖いもんなしだ。僕が大金積んで雇った傭兵たちもコイツに瞬殺されてたし」


 傭兵はこの場に連れてきていないんじゃなく、もう切り捨てたってことみたい。


「ただハヤテに使ってから洗脳装置の調子がおかしくてね。メアリはまだ洗脳できてない。まぁ、僕ならすぐ直せるさ。そしたら君も一緒に洗脳してあげる」


 そういって汚く笑う。


 ようやく気付いた。

 この人、交渉する気なんてないんだ。


「ん? あぁ。弓を構えたってことは、やっと理解したんだ。そう、初めから交渉するつもりはない。僕はメアリを手に入れた時点で気づいたんだよ。ハヤテさえいれば十分だって。使えない部下は必要ない。コイツと僕の洗脳装置があれば、ダンジョンが出現した今の世界はなんでもできる」


「じゃあ、なんで私を交渉役ってことにして呼び出したの?」


「君はハヤテの恋人なんでしょ? 僕なりの優しさだよ。ハヤテにはこれから壊れるまで働いてもらうことになるから、最後に君と会わせてあげようかなって。ただ、君を直に見て少し考えを変えた」


 気持ち悪くデイビッドの表情が歪む。


「メアリだけで十分だって思ってたけど、やっぱり君も欲しい。ちなみに飽きるまで使ったら、僕の気分次第ではハヤテとヤらせてあげても良い。どうかな? 悪くない条件だろ?」


 もう我慢できなかった。

 このクズはここで排除すべき。


 ハヤテは必ず、私がなんとかしてあげる。

 まずはコイツを。


「あぁぁぁあああああ! 私たちの前から、消えて!!」


 全力で引いた弓から矢を放つ。

 殺す気で射った。


 クズの眉間を狙って放った矢は──



「なっ、なんで!?」


 ハヤテによって防がれた。

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