第055話
ホワイトハウスから目視できる場所に『黒のダンジョン』は出現している。現在は米国陸軍によって包囲され、誰も内部に入れないようになっていた。
「レナ、君にはあそこへ向かってもらうことになるのだが、ほんとに良いのか?」
「えぇ。私が行きたいんです」
「で、では、私が気配を消して護衛するというのはどうでしょう?」
紅羽が護衛として同行することを提案するが、それは玲奈により却下される。
「ダメだよ。私ひとりで颯を助けに行きたいってことじゃなくて、ダンジョンの仕様的にそうするしかないの。たぶん誘拐犯もそれをわかってる」
黒のダンジョンでは中に入る際、チュートリアル用の少し特殊な空間に入ることを選択できる。この空間では強制配信が行われないことが判明している。
またゲームの時と同じ仕様になっていて、中に入った者同士が合意することで、その場でパーティーを組むことも可能だった。
パーティーは周囲にいる攻略者リストを見て特定の人物を招待したり、別のパーティー加入することができる。その際に招待されていないものは別のチュートリアル用の空間に飛ばされることになる。
「望月さんが私とパーティーを組んだ状態で黒のダンジョンに入っても、向こうに招待されない限りハヤテたちがいる空間には行けないの」
颯を洗脳し、アメリカ合衆国大統領の娘を拉致させたデイビッドという男はその空間を交渉場所として指定してきた。
「そんな……」
「だから私は、要求通りひとりで行く」
ちなみに黒のダンジョンは既に攻略済みであり、そうなったダンジョンは1階層の出入り口から入らなくても、様々な方法で内部に入ることが可能だった。そのためデイビッドたちをダンジョンの外で確保するということも難しくなっている。
ダンジョンからダンジョンに移動する方法は現時点で7つもある。警戒の薄い別エリアの黒のダンジョンに入り、そこからワシントンにある黒のダンジョンに移動することができてしまう。
しかも元大統領補佐官だったデイビッドは、政府高官でも知らないような極秘のセーフハウスを複数管理していたのだ。
CAIや警察が総力を挙げてデイビッドたちを探しているが、彼らの居場所に関する情報で有力なものはなにもなかった。
──***──
翌朝──
「お嬢様、お気をつけて」
護衛としては玲奈を止めたい。しかし颯を必死に探していた彼女を知っている紅羽は、彼のもとへ行こうとする玲奈を応援したくなってしまう。
「うん。絶対にハヤテを連れて帰ってくる」
複雑な心境で暗い顔をする紅羽に、玲奈は真剣な表情で応えた。
戦闘になる可能性もある。ダンジョンに入る前の装備チェックなどしている玲奈のそばに大統領がやってきた。
「君のような少女に全て任せることになってしまい、本当に申し訳なく思う。メアリが無事に帰ってくるなら、私ができる限りの要求を受け入れよう」
「わかりました。交渉できるラインは、昨日話し合った通りですね」
「あぁ。それで構わない」
身代金の場合は3千万ドルまで。また大統領を辞任しろという要求など、ジョージが個人の判断で対応できることも、その場で受け入れて良い条件とされた。
それ以上だった場合は、一度戻って玲奈が要求を伝えることになっている。
「では、行ってきます」
デイビッドの要求はダンジョン内に玲奈以外誰も入れないこと。
外には関しては言及されていないため、この周辺には陸軍や警官、特殊部隊など数千人が待機している。
彼らが見守る中、玲奈はひとりで黒のダンジョンへ入っていった。
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