第054話
颯がメアリ・タイラーを拉致した翌日──
玲奈はホワイトハウスに呼び出されていた。
「レナ・シノノメ、よく来てくれた」
「お招きいただき、ありがとうございます大統領」
翻訳機も使わず、玲奈は流暢な英語で大統領と会話する。
「ハヤテの件でお話しがあると聞きました。彼が今どこにいるか、ご存じなんですか? ハヤテは無事なんですよね!?」
「お、落ち着いて話しを聞いてほしい。まず大前提だが、ハヤテ・シズクイシがあのような行動をとったことに関して、私は一切関与していない」
「それは、分かりますが……」
自分の娘が拉致されているというのに、なぜ大統領がそんなことを言うのか玲奈は意味が分からなかった。
「結論から言おう。彼はおそらく、洗脳されている」
「せ、洗脳?」
「強力な装置が使われた可能性がある。ただ繰り返しになるが、私がその洗脳装置の開発を指示したことも、それをハヤテに使えと命令したこともない」
必死に言い訳を並び立てるジョージ。
そんな彼を見て、玲奈は言い表せない恐怖を抱いた。
「ハヤテが洗脳されてて、メアリさんを拉致するように命令されたってことですか? それなら彼があんなことしたのも納得できますけど」
颯が暴走して、個人の欲求のためにメアリを拉致したのではないと分かったことに関しては安心できた。しかし別の問題がある。
「でもそれって、その装置があれば彼を元に戻せるんですよね!?」
玲奈の質問にジョージは目を逸らした。
「そ、そんな……」
絶望が玲奈の心を締め付ける。
颯がもう帰ってこないかもしれない。そう思うだけで足に力が入らなくなる。倒れそうになった玲奈は近くにあったテーブル手を付いて、なんとか身体を支えた。
「大丈夫ですか? さぁ、こちらへ」
女性補佐官が玲奈を椅子に座らせる。
「私はケイニーと言います。ここから先は、私が説明させていただきます」
「あの、ハヤテが洗脳されているって、本当なんですか? ちょっとふざけているだけって可能性は」
ふざけて大統領の娘を拉致としても大問題なのだが、今の玲奈にとってはそうであってくれたほうがずっと良かった。
「残念ながら、その可能性は低いです」
そう言いながらケイニーが大統領執務室のモニターをつけた。そこにはひとりの男と、頭に被るような装置が映し出されていた。
「この男はデイビッド・バクスター。少し前まで大統領補佐官でした。彼は対テロプロジェクトの一環として、洗脳装置の開発に携わっていました」
「日本で君を拉致しようと計画したのもコイツだ。も、もちろん私は、それも指示などしていない!」
「じゃあ、彼がハヤテを」
玲奈の目に殺意が宿る。
「この人が今どこにいるか分かっているんですか?」
「現在の居場所は分かりません。CIAでも居場所を探せていない状況です。しかしデイビッドは明日の午前7時、ここワシントンにある第1等級『黒のダンジョン』に来ると言っています」
「じゃあ、そこを捕まえるんですね?」
なんとかなるかもしれないと希望を抱いて質問する玲奈に対して、ケイニーは首を横に振った。
「いえ。彼はメアリ様を人質にしています。もし指定した人物以外が黒のダンジョンに入れば、彼女も洗脳すると我々を脅迫してきたのです」
「デイビッドはひとりでメアリを迎えに来るよう連絡してきた」
「それじゃあ、大統領がおひとりで行くんですか? 第1等級とはいえ、ダンジョンは危険な場所です。それに、何をされるか──」
「いや、私ではない。デイビッドが指定したのは君だよ、レナ」
「えっ、私? わ、私が行っても良いんですか!?」
彼女の反応は大統領たちが思っていたものではなかった。
財閥の令嬢と言えば、危険な目にあうこともなく穏やかな環境で生活しているイメージが強い。そんな存在に人質を返してもらう危険な場所へ行ってもらうには、かなり交渉が必要だと考えていたのだ。
「なんだ、その。君は怖くはないのか?」
「そうです、お嬢様。危険すぎます!」
玲奈の護衛をしている望月紅羽もこの場に同席していた。ずっと黙って話しを聞いていた彼女も流石に声を出す。
「怖いですよ、もちろん。でもハヤテを取り返せるチャンスかもしれないんです」
自分がトロフィーにされ、何も見えず何も感じない空間で、誰かに人格を消されてしまうんじゃないかという恐怖におびえていた時、颯が助けに来てくれた。
玲奈にとって颯は恩人であり、推しであり、大好きな存在。
絶対に失うわけにはいかない。
だから今度は、自分が彼を助けに行く番だ。
敵はあの颯を洗脳してしまったという。力技で彼が負けるとは考えにくい。何か卑怯な手で颯を嵌めたのだということが予想できた。
洗脳されたというが、自分の声なら颯に届くかもしれない。なにもせずに彼がいなくなってしまうくらいなら、危険に飛び込んでチャンスに賭けたい。
玲奈はそう考え、恐怖に打ち勝つように力強く宣言する。
「私、ハヤテを取り返しに行きます!」
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