第053話


「な、なんで? ハヤテ、いったい何のつもりなの?」


 自分の目で見たものが信じられず、玲奈が唖然としながら呟く。


 彼女は護衛の望月紅羽やメイドたちと共に、元から宿泊予定だった東雲グループのホテルまでやってきていた。移動途中も颯がダンジョンを突き進んでいく様子を確認していたが、ちょうどホテルに着いた時に問題が発生した。



 空港の保安検査場で行方不明になった颯が単独でダンジョンに入り、米国大統領の娘であるメアリ・タイラーを無事に救出した。何も伝えられずに置いて行かれたことは心外だが、そこまでであればまだ玲奈も許せた。


 彼なりに思うことがあっての行動だと、玲奈は自分に言い聞かせたのだ。颯が帰ってきたら理由を聞けば良い。彼ならきっと納得できる説明をしてくれるはずだと思っていた。


 しかし問題はここから。


 トロフィーとして現れたメアリがうっすら目を開けると、颯が彼女の口に何か布のようなものを当てて意識を奪ったのだ。そしてメアリを抱きかかえて背中に装備したジェットパックで宙に浮き、泉のダンジョン最上階から飛び立った。



 アメリカ国内でも人気の高いメアリの救出にあの四刀流のハヤテが向かうということで、多くのメディアがその様子を見守っていた。ダンジョン周囲を飛び回る報道ヘリの数も多かった。


 空軍もヘリやドローンで周囲を監視していたのだが、それらの目を逃れる速度で颯は闇夜に姿を消してしまう。


 無言で姿を消した颯。

 彼とメアリの行方が分からなくなってしまった。


 そんな状況で、混乱しているのは玲奈だけではない。


 アメリカ国内ではメアリを助けた瞬間にはSNSなどに大量の祝福コメントが書き込まれたが、ニュースで彼らが行方不明になったと報道されると雰囲気が一変した。


 状況からみれば、大統領の娘が日本人に拉致されたとみて間違いない。


 何か理由があるはずだと颯を擁護する彼のファンも多くいたが、薬か何かでメアリの意識を奪うシーンが強制配信されていたのが決定的だった。状況証拠がそろえば、人が人を非難するのは容易な時代になってしまった。そうして颯のSNSや配信ブースには、彼に対する誹謗中傷が大量に書き込まれていく。



 ──***──


 大統領の家族ファーストファミリーの拉致事件として、シークレットサービスやCIAはすでに行動を開始している。


 拉致されたメアリの父親であるジョージも当然、その様子を配信で確認していた。しかし颯を見失ったと補佐官から報告を受けた後も、彼は何が起きたのか意味が分からず呆然としていた。


 雫石颯を東雲玲奈と一緒にこの国に招いたのはジョージの指示だ。彼が任命した補佐官は颯たちとの交渉を無事にやり遂げ、東雲財閥のプライベートジェットがワシントンダレス国際空港に到着したと聞いた時、これで娘は助かる──と、ジョージは安堵していたのだ。


 それが思いもよらぬ状況になっている。


「ま、まさか……。を拉致しようとしたのが、私の指示だと思われたのか⁉」


 颯がこんな行動を起こす理由に心当たりがあった。


 それは颯の身柄を保護するよう補佐官のデイビッドに指示したとき、彼は勝手な判断で東雲玲奈を拉致しようと特殊部隊を動かしていた。玲奈を人質にすることで、颯に命令を聞かせようと計画したのだ。


 ジョージはそんな手荒な行為を指示したつもりはない。しかしデイビッドが大統領の命令だといって特殊部隊を動かしていたことが問題だった。



「大統領!」


 執務室の扉を開け、颯たちを迎えに行ったはずの女性補佐官がひとりで戻ってきた。


「ケイニーか。これはどういうことだ? レナ・シノノメを拉致しようとした件は、誤解だったと納得してもらったのではないのか⁉」


「そ、そのはずですが」


 ケイニー補佐官は10万ドルの補償金を支払うことで、別の補佐官が独断で実行した東雲玲奈拉致計画をなかったことにしようとした。颯たちもそれで納得していたのだが……。


「ハヤテが行方不明になった報告を受けたと思ったらだ。彼がこんなことをするなど、例の件に対する報復としか思えない!」


「私はレナと話すことができました。その時の彼女は、こんなことになると思っていなかった様子でした。ですので保安検査場で行方不明になった後、彼の身に何かあったのではないかと思われます」


「そのがなんなのか教えてくれ! 私の娘が拉致されたんだぞ!?」


「こ、これはその。あまり考えたくないことなのですが……」


 颯が行方不明になったのと同じ頃、とある人物も姿を消していた。さらに国防省ペンタゴンから、その人物が開発に携わった装置も紛失したという情報がケイニーに最悪の状況を連想させる。



「前主任補佐官のデイビッドがハヤテ・シズクイシを洗脳し、お嬢様を拉致させた可能性があります」

 

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