第050話
颯がガクっと首を落とした。
その様子を見て、デイビッドは不敵な笑みを浮かべる。
颯の頭部に付けられた器具は、その機能が正常に稼働したことを示す緑色に光っていた。
「ふふふ、ふははははは! やったぞ、世界最強のダンジョン攻略者を手に入れた!!」
「なぁ、ボス。こんなんでホントに人間を洗脳できんのか?」
デイビッドに雇われた傭兵のひとりが尋ねる。
颯に被せられていたのは国防総省が開発した洗脳機械。本来は捕らえたスパイに使用し、どこの国の指示で動いていたのかなど秘密を自白させるためのもの。それをデイビッドが無断で持ち出し、颯に利用してしまった。
「あぁ、そうだ。問題ない、見てろよ。ハヤテ、起きろ」
指示を受けた颯が頭を持ち上げる。
「よーし、よし。成功だ。もう拘束を解いて良いぞ」
デイビッドの指示は傭兵たちに対するもの。
颯の拘束を解いてやれと言ったつもりだった。
しかし颯は、その命令を自分に向けたものだと勘違いした。
「承知しました──ふんっ!」
特殊合金でできた人力では絶対に破壊不可能なはずのそれを、彼は容易く壊してしまう。
「……は?」
「えっ」
「え、なに、え?」
命令を出したデイビッドも、拘束を解除しようと動き出していた部下たちも唖然とする。
「…………」
頭部の拘束も外した颯は、その場に無言で待機している。
「こ、コレ、素手で壊せるモノなのか?」
「どうだかな。この拘束具も、あんたの指示でペンタゴンから盗ってきたブツだ」
そう言いつつ、傭兵たちは手に持った銃を颯に向けて構えていた。
ボーっと前を見ている青年に対して、歴戦の傭兵たちが本気で警戒している。
もし正常に洗脳が出来ていなかった場合、生身で10メートルを飛び、特殊合金製の拘束具から自力で抜け出すような化け物が自分たちの敵になるのだ。
「お前ら落ち着け。大丈夫だ。ほらハヤテ、右手を上げろ」
しかし颯は動かない。
「おい! ヤベーじゃねーか!!」
「あ、いや違う。コレがいるんだ」
颯が拘束具を破壊した時、驚きすぎて落としてしまったヘッドセットをデイビットが慌てて拾う。
「ハヤテ、右手を上げろ」
彼が英語でした命令がヘッドセットにより翻訳され、日本語で颯に伝わる。
颯が右手を上げた。
「ほら、ほら! 問題ないだろ? 彼は英語を聞き取る能力が全く無いみたいだ」
「……ほんとに大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だ。それにハヤテはひとりでダンジョンに向かわせる。君らは契約通り、僕の護衛と移動を手伝ってくれればいい」
「じゃあ、洗脳はどのくらい効果が継続する?」
「ふふふ。それがこの装置のデメリットであり、今回の場合は非常に大きなメリットとなる。これは脳の信号を弄り、人間の常識を丸っと書き換えてしまうんだ。一度書き換えられた常識は、もう元に戻ることはない。ちなみに今のハヤテの常識では、彼は僕の部下であり、僕の命令には絶対服従ってことになっている」
「へぇ、そうかよ」
傭兵のひとりが颯に近づき、その頬を全力で殴りつけた。
颯は一切避ける素振りを見せず、殴られて倒れたがすぐに立ち上がった。
「おい! 余計なことをするんじゃない! こいつは僕の貴重な戦力なんだぞ」
「怒るなよ。反応を見ただけだ。殴られそうになっても一切反応しないなんて、普通の人間には絶対不可能だからな」
「……それで、確信は持てたか?」
「あぁ。コイツはもう人間じゃねぇ。洗脳って、スゲーんだな」
「なんなら君たちも洗脳してあげよう。最高の兵士になれるよ」
「いや、遠慮しとくぜ。お前ら、いくぞ」
傭兵たちは颯に向けていた銃を降ろし、その場を去って行った。
「ふん、脳筋どもが。僕みたいにクレバーに行動してほしいね。でも洗脳が確実に効いてるって分かったのは良かった。ほらハヤテ、行くよ。君にやってもらいたい仕事があるんだ」
「はい」
ここはデイビッドが準備した拠点の一室。
そこから出ていく彼に、無表情の颯もついていく。
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