第049話


 玲奈が無事そうだったからというのもあり、少し油断してた。

 

 全く動けない。

 

 俺は両手両足を拘束され、目隠しをされている。耳にはヘッドホンのようなものがつけられ、周囲の音が聞こえない。拘束された状態のまま車に乗せられて、どこかに移動させられた。


 玲奈のそばには何人か護衛の忍者がいたのを確認していたから、俺は大人しくしていたんだけど……。


 ここまでされると不安になってくる。

 やっぱり無理やり逃げちゃおうかな。

 

 もっと早く決断すべきだったかも。


 海外で公的機関の人に歯向かったらどうなるか分からなかった。それから俺をここに送り込んだ東雲財閥にも迷惑かけてしまうんじゃないかって思って、なかなか行動に移すことが出来なかったんだ。



「あ、あの。誰かいませんか?」


 俺の移送が終わったみたいなので、とりあえず聞いてみる。


「これ一体どうなってるんですか!? 俺はただ観光でこの国に来ただけです! なんでこんなことになってるか、意味が分からないんですけど!」


「やぁ。君がハヤテだね」


 ヘッドホンから日本語が聞こえた。


「こんにちは。僕はデイビッド」

「こ、こんにちは」


 視覚と聴覚が遮断されていても、忍者の修行をした俺は周辺にいる人の気配を探ることが出来る。俺のそばにはデイビッドと名乗った男と、それ以外に4人いるのが分かっていた。


「さっそくだけど、君には大統領の娘を回収しに行ってもらいたい。あぁ、ちなみに君が大統領からの依頼でこの国に来たことはもう知っているから、観光とか嘘をつかなくて良いよ」


「……回収? 救出じゃなくて?」


「そう、回収だ。僕らが国外に逃げて、一生暮らせるだけの資金を大統領から受け取ったら彼女は帰してあげよう」


「そ、それって、拉致するってことじゃ」


「うん、喜びたまえ。今から君はアメリカ合衆国大統領の娘を拉致するグループの一員だ。もちろん実行するのは君だよ」


「そんなの協力するわけないでしょ」


「おやぁ。そんなこと言って良いのかな?」


 目の前に映像が映し出される。俺の視界を遮っていたのはヘッドマウントディスプレイだったようだ。それには、空港のカウンターで何かを必死に訴える玲奈の姿があった。


「見えるかな? 行方不明になった君を恋人が必死に探してるね」


「も、もしかして、玲奈を人質に?」


「10人の暗殺者が君の彼女を狙っている。無駄な抵抗するなよ」


 そう言いながらデイビットは笑った。


 コイツ、かなり危ない奴だな。


 先程見せてもらった映像で、玲奈の近くにはメイドに変装した護衛の望月さんがいるのを確認できた。彼女は伊賀でも甲賀でもない流派の忍者だけど、伊賀の中忍並みに強い。10人くらいの暗殺者が相手なら余裕で玲奈を守れる。この映像を撮っている存在にも気づいてるみたいだし。


 とりあえず玲奈は大丈夫そう。

 後は俺がどうやって逃げるかだな。


 ただ逃げる前に、いくつか確認しとこう。


「このこと、大統領は知ってるんですか?」


「知るわけないだろ。拉致出来たら、そこから交渉が始まるんだから」


 嘘はついてなさそう。


「……ちなみに、この計画は誰が?」


「なんでそんなことを聞くんだい? でもまぁ、君にはこれから僕の仲間として死ぬまで働いてもらうことになるから、リーダーが誰かは教えといてあげよう。僕だよ。アメリカ合衆国大統領補佐官、デイビッド・バクスターがこの計画を立案した」


「元、大統領補佐官だろ?」


「う、うるさい! 黙れ!!」


 仲間が笑いながら指摘すると、デイビッドは声を荒げて怒っていた。


 この人たち、俺を使って大統領の娘さんを拉致して身代金を得ようとしてるクズ確定ってことですね。


 なにより俺を脅すために玲奈を人質にした。

 これは絶対に許せない。

 

 大統領とかアメリカって国が俺たちに危害を加えようとしたんじゃなくて、こいつらが悪い。黒幕とかはいないっぽい。


 あ、そうだ。

 ついでに以前のことも聞いてみるか。


「少し前、日本で俺たちを狙ってきた特殊部隊がいたんですけど」


「それも僕が命令した。まさかあの服部什造が東雲玲奈の護衛になってるとはね。その作戦が失敗したせいで、僕はアメリカを裏切らなきゃいけなくなったんだ。だから全部、君たちが悪い」


 いや、なんでそうなる? 


 なんか滅茶苦茶だな。

 てかアレもコイツの仕業だったのか。


 大統領首席補佐官だって言うから何か知ってるかもと思い、聞いてみて良かった。


 諸悪の根源がここにいる。

 やっぱり逃げるのは、こいつら全員やっつけてからにしよう。


 そう思って手に力を入れ、拘束具を無理やり破壊しようとした。


「ちなみに今までの話、実は全部どうでも良いんだ」

「……は?」


 キュイーンと甲高い音が耳元で鳴り響く。

 頭に何かが入り込んでくる感じがした。


 とても気持ち悪い。


「ガールフレンドを人質にした映像を見せたのは、君の思考をほんの少し誘導するための準備に過ぎない」


 デイビッドが言っている言葉の意味が分からなかった。


 なんだか意識が遠のく。


 あ、コレ。

 ちょっとヤバそ──

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