第043話 女神と定春
全てが真っ白で、壁も天井もない空間。
ここは世界中にダンジョンを出現させた女神が創り出した空間だった。
そんな場所でひとり、宙に浮くモニターを見ている男がいた。彼が食い入るように見つめる画面には、颯が偽ハヤテと戦っている様子が映し出されている。
『重心を身体の中心にしようとしすぎなんだよ。確かにその方が綺麗に回転は出来る。でも攻撃に威力が乗らない』
「そうなんだ。前は綺麗に回転してたけど、今は威力重視で偏心させてるのか」
颯の解説を聞きながら、男は手元に現れたキーボードで何かを打ち込んでいる。
『止まってたら俺の攻撃は防げないよ』
「回転は攻撃に使うってイメージが強かったな。確かに防御にも使うべきだ。そして防御した際に敵の力を使って、次の攻撃に繋げる──と。よし、行動パターンを修正しよう。偏心回転は物理演算が複雑になるけど、まぁなんとかなるかな。それにしても颯君、1年ちょっとで強くなりすぎでしょ」
愚痴の様に呟きながらも、その口元に微笑を浮かべていた。
男が見ていたモニターとは別のモニターが現れ、そこには偽ハヤテの3Dモデルのようなものが表示されている。この男がキーボードでプログラムのようなものを入力すると、画面上の偽ハヤテが動き出した。その動きはまるで、偏心回転で偽ハヤテをガードごと両断した颯の攻撃を再現しているようだった。
「さーだーはーるぅ!」
集中して作業していた男の背後から、金髪の巨乳美女が抱き着いた。
「ねぇ、定春。なにしてんの?」
「女神様……。重いです」
「カッチーン! レディに向かって重いは失礼でしょ! それに私、そんなに重くないもん!!」
そう言いつつ美女が男から離れた。この金髪美女が世界にダンジョンを出現させた女神だ。そして定春と呼ばれた男は女神の協力者であり、元は人間だった。
ダンジョン内に発生するモンスターの動きや強さなどを全て彼が調整し、それを女神が現実世界に反映させている。
「ほら、ほら! 私は浮いてるんだから、重いわけないもん!」
足元まで伸びた長い髪が下に付かない程度に、女神の身体は地面から少し浮遊している。
「体重は軽くても俺にぶつかってきた時の衝撃はありましたよ」
「それと重いってのは別でしょーが!」
「はいはい、そうですね。ところで女神様、何か御用ですか? 俺、今はちょっと忙しいんですけど」
定春はモニターに向き直って作業を再開した。
「いちおう私、定春の上司なんだよ。だから作業の進捗を確認しに来たの。今はやることもないし」
「……要するに暇だから遊びにきたと」
「うん!」
集中したい時に限って『暇だ』と言って邪魔をしに来る。更にそれを満面の笑みを見せて言い切る女神に若干イラつくが、ずっとこんな感じなので定春も慣れてきた。彼は諦め、作業しながら女神の対応をすることにした。
「今は泉のダンジョンの中ボスをアップグレードしています」
「そうなんだ。でもアレって、もうかなり強いよね」
「俺はあの中ボスを負けイベントとして設定しました。それが既に突破されて、今は何十組も泉のダンジョンを踏破してる状況です。正直なところ、俺は納得いってないんですよ」
「定春も負けず嫌いだねぇ。でもどうやって強くするの? もともと定春が最強だって思ってた子の動きをトレースしてたんでしょ?」
FWOがゲームであった頃、マニピュレータの操作感改善という名目で、定春はハヤテの動きをスキャンさせてもらったことがある。彼はそのデータから偽ハヤテの戦闘スタイルを確立させたのだ。
「えぇ。オリジナルである彼の強さは圧倒的でした。少し前にも颯君は中ボスと再戦しましたが、弓使いの女の子との連携で中ボスを瞬殺してました。だからこれ以上強くする方法が分からなかったんです。でも──」
定春がモニターを指さす。
『吹き飛ばされるのは、敵がくれた力を無駄にしてるってこと』
そこには颯が偽ハヤテに指導するシーンが繰り返し再生されていた。
「あっ、この子! 私をボッコボコにしたバケモノ!!」
「彼はついさっきタイのダンジョンに再挑戦し、中ボスに戦い方を指導したんです」
「えっ? な、なんでそんなことしたの?」
「理由は良く分かりませんが、別にそれはどうでもいいです。大事なのは彼がどうやって動いているのか、そのポイントを知ることが出来たということ」
定春の目が輝いている。
「単純なことでした。でも実際に人の身体でそれをやるのは非常に困難だと思います。やっぱり颯君は凄い」
「なんか定春、これまでで一番楽しそうだね」
「頑張ってもできなかったことが、ちょっとしたヒントを得て一気に出来るようになった感覚です。さっそく中ボスのアップデートかけたいんですけど、実装してもらえますか?」
定春が女神に見せたモニターには、偽ハヤテが偏心回転で分厚い金属の板を両断するシミュレーションの様子が映し出されていた。
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