第036話

 

 玲奈とふたりで、大阪府に出現した黒のダンジョンまでやって来た。


 俺は第3等級『泉のダンジョン』を踏破しているのでここに来る必要はないが、まだダンジョンに入ったことのない玲奈とパーティーを組んでいると、黒のダンジョンから踏破していかなきゃいけないみたいだ。


 玲奈の時は急がないと他の誰かがクリアして彼女の人格が書き換えられてしまう可能性があった。でも少し前に女神の声でアナウンスがあり、最初に踏破した人がトロフィーの人格を書き換えられるって設定は無くなった。


 トロフィーが踏破者のモノになってしまうこともないらしい。


 てことで俺は、そんなに急いでいなかった。


 関西エリアでもトロフィーにさせられてるのが女の子だったらもう少しやる気が出たかもしれないが、こちらのトロフィーは男。


 女性ばっかりがトロフィーになるのは不公平だもんな。


 ファーラムワールドオンラインでは女性のプロゲーマーさんもたくさんいた。俺がPVPで勝てない女性プレイヤーが何人もいたんだ。


 だからここでは女性プレイヤーがかなり頑張って攻略を進めているみたい。


 トロフィーになっているのは西園寺さいおんじ 日紗斗ひさと


 東の東雲財閥に対抗する西の大財閥、西園寺グループの御曹司だ。イケメンでかついくつも会社を経営している超ハイスペック男。しかも西園寺財閥はFWOの運営会社に出資している。それと関係があるのかは確証がないが、日紗斗はFWOのトッププレイヤーだった。


 彼だけが優遇されていておかしいと度々掲示板で炎上しているが、数日経つとそのスレッドが消されてしまう。これが金持ちのやり方か!? ──と批判を受けることも少なくない奴だった。


 正直にいうと、俺もあまり好きじゃない。


 女性のダンジョン攻略者さんが頑張ってるみたいなので、彼女たちに任せてしまいたいとも思っていたが……。


 玲奈の父である東雲さんに、西園寺財閥総裁から救助の依頼が来たんだ。で、それが俺の所に回ってきた。俺が玲奈と付き合ったことは配信でバレていたので、俺と東雲財閥に繋がりがあることも当然知られていた。



「……はぁ」


 気が重くて溜息が出た。


「嫌そうだね、ハヤテ」


「うん。人の命がかかってるんだから、こんなこと言っちゃうのはダメだと分かってる。でも俺は彼が苦手」


「んー、実は私も。だけどこれは西園寺財閥に恩を売るチャンスなの。悪いけどお父様に協力してあげて」


「はーい。まぁ、トロフィーにさせられてると体感時間が短くなるし、身体とかは時間が止まったみたいになるらしい。だから多少遅くなっちゃっても平気だよね」


 そういう情報が世界中に出回り始めていた。


 俺の弟子の中忍たちが既にいくつかのダンジョンを踏破し、トロフィーになっていた人々を救出している。中忍以外でもスポーツが得意なFWOのプロプレイヤーたちが世界各国でトロフィー救出に成功していた。


 ウンディーネはかなり弱体化しているらしい。セリフや受け答えがFWOの時と同じになったし、大技も一度しか使ってこないんだとか。


 それでも中忍たちがダンジョンを一発で踏破成功できる確率は60%ぐらい。


 踏破に失敗するのは、掲示板や配信のコメント欄で『偽ハヤテ』と呼称されている四刀流使いの中ボスが原因だった。


 およそ1年前の俺の動きをトレースしたそのモンスターに、ハヤテ式四刀流を修得した中忍たちでも勝てないことがあったんだ。中忍が4人以上で囲めば何とか勝てるけど、3人パーティーだと負け越す。そして2人で挑むとまず勝てない。


 偽ハヤテ強過ぎ問題が掲示板で盛り上がっていた。


 四刀流は最強なのに……。


 相手も四刀流だから負けちゃうのは仕方ない。だけど『ペアでも余裕です!』って意気込んでダンジョンに挑戦し、負けて帰ってきた中忍さんたちにはハヤテ式四刀流修得講座(ヘルモード)を受けてもらおうかな。


 プロゲーマーだと言っても、忍じゃない一般人が8人でパーティーを組めば偽ハヤテを倒せちゃうんだ。


 相手の戦力を正確に測れずに負けるなら、お仕置きは必要だよね。



「なんかハヤテ、悪い顔してる」


「そう? 気にしないで。そろそろ中に入ろうか」


「う、うん」


 俺たちは黒のダンジョンの前にいる。

 玲奈は不安そうな顔をしていた。


「ちょっと、緊張するね」


 ゲームとは違い、生身でモンスターと対峙することになる。それにゲーム内ではいつも彼女を守ってくれたSPさんたちもいない。


 今、玲奈を守るのは俺の役目だ。


「大丈夫。何があっても俺が絶対に守るから。それから、その……。これが付き合って初めてのデートになるんじゃないかな?」


 こんなのでいのかとも思うが、ハヤテ玲奈エレーナだから。こっちの方が俺たちらしいはず。


「ダンジョン攻略を楽しもうよ。玲奈が楽しめるように、俺が頑張るから」


「えへへ、そうだね。ありがとハヤテ。よろしくね」


 玲奈が手を差し出してくる。


 俺はその手をとり、黒のダンジョンへ足を踏み入れた。

 

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