第031話 〈配信コメント欄〉

 

「こんにちは。ハヤテ式四刀流推進室の時間です」


 颯が個人でやっていたブースの方で配信を開始した。

 

〈おっ。始まった〉

〈ダンジョンじゃないな〉

〈こっちでの配信は久しぶり〉


 すぐに多くの視聴者が書き込みをしていく。


「えー。なんか勝手に別のブースが出来ちゃって、そっちがバズったんでこちらのブースにもたくさんの方が視聴登録してくれたみたいですね。ありがとうございます。非常に嬉しいんですが、人が増えすぎちゃって以前みたいに来てくれた人全員のお名前を読みあげられません。マジでごめんなさい。物理的に無理っス」


 定春が構築し、女神がこの世界に実装したシステムにより自動で生成された『ハヤテのブース』の視聴登録者数は今現在8千万人。あまり時間を要せず1億人を突破する勢いで登録者数が伸びていた。


 それに連動するように、この『ハヤテ式四刀流推進室』ブースも5百万人ほどまで登録者数が増加している。


 同時接続数は10万を超える。書き込まれるコメント数も膨大だ。忍の技を修得した颯ならそれを目視して名前確認するのは可能だが、全員の名を読んでいくのは不可能だった。


 ただ、そんな状況でも颯に認知してもらう方法はある。



 ピローン!


 軽快な音が配信画面から鳴り響いた。


「あっ。投げ銭ありがとうございまーす! しかも赤文字!!」


 配信者への応援や御礼の気持ちを込めて金銭を送ることが可能で、このシステムを投げ銭という。投げ銭の上限額は5万円。1万円を超える投げ銭をすると、しばらく画面にユーザー名とコメントが残り、その後も投降コメントが赤く表示される。つまり配信者に認知されやすくなる。


 更に颯の設定では、赤文字が書き込まれるとそのコメントを読み上げるようになっていた。


〈久しぶりの配信ですね。楽しみにしてます!〉


 颯に自分が来たことを知らせるため。彼に認知されるためだけに1万円の出費を惜しまない視聴者がいたのだ。


「えっと、送ってくれたのは──」


 コメント欄に目を落とした颯の動きが固まる。


「れ、レーナさん。あの……、いつもありがとうございます」


 少し颯の反応がおかしかった。

 何故か手放しに喜んでいる様子じゃない。


 視聴者たちはすぐにその事情を察した。


〈残念だけど、ハヤテは彼女持ちだぞ〉

〈レーナって古参の女視聴者だろ?〉

〈いつも投げ銭してたな〉

〈あらら…、ご愁傷様〉

〈東雲玲奈が相手じゃ勝ち目ねーな〉


 視聴者たちは、ずっと颯のファンだったレーナが玲奈に負けたと思っている。


 しかし颯が困った顔を見せたのは、そういう意味じゃなかった。



 ピローン!


 再び軽快な音が鳴り響く。


〈私が東雲玲奈なんだけど?〉


 玲奈は煽り耐性があまり高くなかった。


 つい赤文字で反論してしまう。

 同時に盛大な身バレをかましていく。


〈は? 嘘乙〉

〈東雲玲奈はこんなとこ来ねぇよ〉

〈もう少しマシな嘘つけ〉

〈ハヤテ盗られて悔しいんだろ〉

〈成りすましはイクナイ〉

〈名前似てるからって無理ありすぎw〉


 視聴者たちは誰もレーナ = 東雲玲奈であると認めない。それもそのはずである。古参の彼らは、レーナがずっと颯の熱烈なファンであったことを知っている。そんな彼女が、日本四大財閥の令嬢と同一人物であると思えるわけがない。


 登録者数が数千人程度だった頃から颯の配信をずっと追いかけ続けていたとは、どうしても納得できなかったのだ。


 しかしそんな視聴者たちの考えを、颯の言葉が一変させる。


「えっ。言っちゃって良いの?」


〈……は?〉

〈えっ〉

〈えぇっ!!?〉

〈おいおいおいおい〉

〈マジか、マジなんか!?〉

〈レーナが…、東雲玲奈?〉


 ピローン!


〈だからそうだって言ってるでしょ〉


「玲奈、もう良いよ。みんな分かってくれるからさ。俺も説明するし。だから投げ銭を連投しないで」


 ピローン!


〈はーい。ちゃんと私のこと、説明しといてね〉


「…………もぉー。止めろって」


 ピローン!


〈あ、ごめん。今のはミス〉


「だからぁ!」


 ピローン!


〈だって赤文字にしないとハヤテが見えないじゃん! 書き込みの数凄いんだもん〉


 赤文字は全額が配信者に渡るのではなく、約3割が動画配信サイトに手数料として徴収されてしまう。玲奈が颯に投げ銭すると、それで儲かるのは配信サイトの運営なのだ。しかし、このやり取りが功を奏した。


〈赤文字を連絡機能として使うなw〉

〈手数料取られまくるぞww〉

〈マジで金持ちの遊びだな〉

〈でもこれで間違いない〉

〈あぁ。本物だ〉

〈レーナが東雲玲奈って、ヤバいだろ〉

〈ハヤテ知ってたのかな〉

〈知らなかったら逆にヤバい〉

〈なんで?〉

〈どーゆーこと?〉


〈ずっと好きだった配信者が、自分のピンチに駆け付けてくれたんだぞ? そんなん、男でも惚れるだろ〉


〈あっ、あぁ!〉

〈ヤバいな〉

〈え、なにそれアツい〉

〈激熱!!!〉

〈すみません、想像して濡れました〉

〈ハヤテイケメン過ぎぃぃ!〉


「えー。皆さんもう分かってる感じだと思うんですが、この赤文字くれたレーナさんが、先日俺が泉のダンジョンから救出した東雲玲奈さんで間違いないです」


〈マジだったか〉

〈疑ってスマソ〉

〈無事で何より〉

〈ハヤテお疲れ!〉


「そんで……、皆さんから援護射撃があったみたいですね。俺と玲奈が付き合うのをダメって言ったら東雲グループの株を手放すって。その動きのおかげもあって──」


〈お?〉

〈まさか〉

〈ワクテカ〉


「俺は東雲玲奈さんと付き合うことになりました!!」


〈おおっ!!!!〉

〈キタ――(゚∀゚)――!!〉

〈俺らの勝利だww〉

〈888888888〉

〈おめでとぉぉぉおおお〉

〈8888888888〉

〈やりやがったwww〉

〈最高のカップルだ〉

〈末永く爆発せよ〉

〈お呪い申し上げます!〉

〈そこは祝っとけよww〉


 大量のお祝いコメントが書き込まれていく。


〈ちゃんとハヤテとエレーナのお付き合い認めてくれたから、俺は東雲財閥傘下の株を買い増しするぜ!〉


〈そうだな〉

〈それがご祝儀になる〉

〈おめでたいからな〉

〈俺も買うよ〉

〈私も株数増やそうかな〉

〈コレ株価爆上がりするだろw〉

〈まじ? 俺も買っとこ〉



 颯としては別目的で配信を始めたのだが、思いがけず玲奈との交際発表の場になってしまった。

 

 そしてこの出来事が起点となり、世界中から東雲グループ株の買い注文が殺到。その株価はかつてないほど高値を付けることとなる。

 

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