第028話

 

 玲奈との交際を認められ、晴れて付き合えることになったのだが……。


 大きな問題が発生していた。


 俺と玲奈が互いに好き同士であることを打ち明けあっている様子が、世界中に配信されていたんだ。


 玲奈の所に戻ると、彼女は顔を真っ赤にしながら俺の頬にキスするシーンを見ていた。ちょっと申し訳なくなり、今日は自宅に帰ると言って玲奈の家を出た。


 そしたら何故か玲奈もついてきた。


 この辺りは東雲財閥関係者が多く住む地域らしく、大きな屋敷が多くて街並みはとても綺麗だ。そんな高級住宅街から少し離れ。今は人気のない公園を歩いている。


「…………」

「…………」


 ずっと会話は無い。


 30分くらい無言で歩き続けて、ここまで来た。


 玲奈って凄いお嬢様だから、こんな遅い時間に連れ出してしまうのは色々マズいんじゃないかな。そんなことに今更気づいてしまった。


「……そろそろ帰ろうか?」


 足を止め、隣にいる玲奈を見る。

 彼女は少し驚いたような顔をしていた。


「ご、ごめんね。ただ歩くだけじゃ、つまらないよね。ハヤテとたくさんお話ししたいことあったはずなのに……。緊張しちゃって、言葉が出なかった」


 そっか、そういうこと。


「俺の方こそ話しかけなくてごめん。俺は玲奈が怒っているのかと思ってた。君の気が済むまで、散歩に付き合うつもりだった」


「私が怒ってる? なんで?」


「トロフィーをもらう時の様子が配信されてるってことを俺は知らなかった。だけどダンジョン攻略が世界中に配信されていたのは知っていた。それを玲奈に言わなかったから……」


「私が何にも知らずに1億人以上の視聴者の前でハヤテにキスしちゃったの、自分のせいだと思ってたんだ」


 泉のダンジョンを踏破し、玲奈を助け出した時の同接数は1億以上だった。アーカイブの閲覧数などを含めると、玲奈が俺にキスするシーンは200億回以上も再生されている。


「ちょっと恥ずかしかったけど、それはあんまり気にしてないよ。世界に向けて宣言したって思えばいいの」


「宣言?」


「そう。ハヤテは私のってことをね!」


 玲奈が俺の腕に抱き着いてきた。


「ハヤテ、私を助けに来てくれてありがと。ずっと憧れだった人とこうして付き合えることになって、私は心から喜んでる。ハヤテはその……、迷惑だったりしない? お父様に何か言われたんでしょ?」


 不安そうに聞いてくる玲奈。

 迷惑だなんて言えるわけがない。


「玲奈に相応しい男になれって言われたよ」


「な、なんでそんなこと。ハヤテはもう、私には勿体ないくらい凄い人なのに」


 玲奈がそう思ってくれてるのは嬉しいな。

 

「ありがと。でも俺はちゃんと世界に認められたい。ダンジョンで玲奈に言ったことを俺は実行するつもり。ダンジョンでたくさん稼いで有名になって、玲奈と付き合うのを誰にも拒絶されないくらいの存在になりたい」


 俺は第3等級ダンジョンまでを最速でクリアしただけに過ぎない。ファーラムワールドオンラインでは、第12等級ダンジョンまで実装されていた。その等級になると、モンスターの強さは第3等級と次元が変わってくる。


 東雲グループが収集した情報によると、現在世界に出現しているのは第5等級までらしいが、今後女神がダンジョンを追加で出現させる可能性は高い。それに人々は適合していくだろう。


 運良く第1等級ダンジョンを関東エリア最速で踏破することができて注目された。そうじゃなかったら東雲財閥の総裁が俺なんかに声をかけてくれることはなかったはず。何かの間違いだったと思うけど、東雲財閥の意思決定をサポートするAIが俺を推薦してくれたってのも大きいな。


 今のところ、俺が注目されているのはただ偶然が重なっただけなんだ。


 人類がダンジョンに適合したら、俺程度の存在はたいして珍しくもない。きっと注目されなくなる。200億も配信が再生されている今ならそれで生計を立てるのも可能だろうけど、いずれ立ち行かなくなる。


 だから俺はダンジョンを踏破し続け、そこで採れる鉱石やアイテムなどをダンジョン外に持ち帰って収益にする必要があるんだ。


 第3等級までクリアしてだいたい理解した。女神が介入しなければ、俺は大きな問題なく第12等級ダンジョンまで踏破していける。


 ダンジョン踏破能力。

 それが俺の価値。


「俺は絶対になるよ。東雲財閥の令嬢である玲奈と付き合うのに相応しい存在に」


「……なんか、プロポーズみたいだね」


 東雲さんから世界に価値を示せたら結婚も認めてくれるって言われたことは、まだ言わないでおこうかな。付き合い始めたばかりだし、玲奈がそこまで考えてくれてるのか分からない。


「玲奈がキスで世界に宣言してくれたように、俺も胸を張って玲奈は俺の彼女だと言えるようになる」


「無茶はしないでね。廃止されるって絶望してた四刀流がこれからも使えることになったんだもん。ハヤテがしたいこと、もっと自由にして良いんだよ」


「ならちょうどいいね。玲奈に相応しい男になることと四刀流で無双したいってのは矛盾しない。俺はやりたいことをして堂々と玲奈の彼氏を名乗れる」


「あははっ。配信見てた時からずっと思ってたけど、ハヤテって本当に四刀流大好きだよね」


「そーいえば、玲奈はなんていうアカウントで俺の配信見てたの? コメントも書き込んでくれてたんだよね。俺が名前呼んだことある?」


「レーナって名前だよ」


「えっ。俺がボスの一撃討伐に成功した時、いきなり5万も投げ銭してくれたレーナさん? その後も事あるごとに投げ銭くれたし、俺が配信する時は必ず見に来てくれたレーナさん?」


 すごい熱心なファンが付いてくれたと喜んでいた。コメントの感じからして女性だろうなって思ってたんだけど、まさか玲奈だったとは。


「そうだよ。推しに認知されてるのって、凄く嬉しいね。今の私、にやけて気持ち悪い顔してると思うから絶対に見ないで」


 そう言って俺の身体に顔を埋める。



 少しして、玲奈が顔を上げて俺を見てきた。


「私はただひとつのことに夢中になれるあなたが好き。もっとそばで見ていたい。だから私もダンジョン攻略についていきたいな。ハヤテが本気で攻略する時は足手まといになっちゃうかもしれないけど」


「うん、良いよ。俺は誰かとパーティー組むと、途中で気分が悪くなって戦えなくなることがある。だけど玲奈と攻略した時はそれが起きなかった。ふたりでも良いなら、一緒に行こう。俺が絶対に守ってあげるから」


 そう言ってから、ひとりでも十分強いプレイヤーだったエレーナに対して失礼だったかもしれないと後悔した。


「あ、ごめん。玲奈は俺なんかが守らなくても、大丈夫だよね」


「ううん。私はハヤテに守ってほしい。ハヤテが絶対に守ってくれるって思うだけで、私はもっと強くなれるから」


「それで良いの? その…、彼女になった玲奈に怪我とかさせたくないから、俺はかなり過保護になっちゃう可能性がある」


 FWOで遊んでいたころ、たまたま知り合った新人の女性プレイヤーさんが低級ダンジョンのボスを倒せないと俺に相談してきたことがある。


 当時はまだ普通にパーティーを組むことができた俺は、その新人さんと一緒にダンジョンに入った。そして彼女にダメージを負わせないようにと、全てのモンスターを俺が倒してしまった。モンスターを倒すゲームの楽しみを全て俺が奪ったんだ。


 結局その彼女はFWOを辞めてしまった。


 接待プレイが行き過ぎた結果だ。

 俺はそれを今でも後悔している。


「あのね……。接待プレイなんて、この私がどれだけやられてきたと思ってるの? FWOやり始めの頃は、瀕死のモンスターに止めを刺すことしかやらせてもらえなかったんだから。ただのゲームなのに」


「そ、そうなんだ」


 流石、東雲財閥の御令嬢ですね。


「私はハヤテの役に立ちたい。そのために遠距離で強攻撃が可能な弓を武器に選んだの。たくさん訓練もしてきたんだから」


「確かに、前に組んだ時は凄く助かった」


「うん。私はハヤテと一緒に戦うために頑張ってきた。だけど私がモンスターに囲まれちゃったりして、危なくなった時はすぐ助けに来てほしいの。普通の人ならそんな無茶を言うなって怒るかもしれないけど、ハヤテならできるでしょ?」


 頼ってくれるの嬉しいな。

 彼女が、守ってほしいって。


「もちろん! 絶対に俺が守ってあげる。ソロだから自由に動けて強いと思われてる俺だけど、護衛術も結構いけるんだよね。昔それなりにしたからさ」


「修行って。なんか忍者みたい」


「良く分かったね。実は俺、通信教育で忍者修行コースを受講してたんだ」


「こ、この時代、忍者の修行って通信なんだ」


 玲奈が笑いをこらえている。

 信じてないみたいだ。


「嘘じゃないよ? ちゃんと免許皆伝の巻物も送られてきたし」


 流石にそれは偽物だって分かってる。


「め、免許ぷ、皆伝の、くくっ、ま、巻物ぉ?」


 ついに抑えきれなくなった玲奈が、声を上げて笑い出す。



 やっぱり信じてもらえないか。

 本当に修行したんだけどなぁ……。


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