第027話 女神と定春

 

「さだはるぅぅぅ!!」


 大粒の涙を流しながら、女神が白い空間へと戻ってきた。


「おかえりなさい、女神様。ボッコボコにやられてましたね」


 泣きながら抱き着いてくる女神を受け止め、定春はその頭を優しく撫でる。


「うぅぅ。すっごく痛かった」


「痛かった? 女神様がダメージを負ったんですか? ウンディーネを操作してただけだと思ってましたが……」


「ダンジョンのモンスターとある程度しっかり意識を同期させないと、私の思うように動かせないの。同期率を高くすればもっと良く動けるんだよ。でもやりすぎると、攻撃された時に私の本体が受けるダメージも上がっちゃう」


「なるほど。それで完全同期はさせないって、前に言ってたんですね」


「そう。完全同期させたモンスターがダンジョン攻略者に討伐されたら、私の存在も消えちゃうから」


「へぇ……。それは大変だ」


 定春が一瞬だけ闇のある表情を浮かべたが、彼に抱き着いていた女神はそれに気付いていない。


「でも定春が実装してくれた大技は凄かったよ。私は誰かがイメージしたモノを具現化する力があるけど、私だとあんな魔法攻撃思いつかないもん。負けちゃったけど楽しかったなぁ。次にボスキャラ入る時は、もう少し同期率高めて良いかも。もっと強いボスならダメージも受けないだろうし」


「もうウンディーネは操作しないんですか?」


「うーん。彼女はもう良いかな。トロフィーを守れなかったもん」


「了解しました。女神様が戦っている時に設定を組んでおいたので、今後は他のモンスターと同様、攻略者が来たら自律して戦ってくれます」


「やっぱり定春は出来る男だね!」


「ところでトロフィーの件ですが、アレってやっぱり生きてる人間ですよね?」


「そうだよ」


「どうやってトロフィーになってもらったんです? 何か願いを叶えてあげる代わりに、人柱として募集したとか?」


「ううん。普通に連れてきた」


「……それって、無理やり拉致して?」


「まぁ、言葉は悪いけどそうなるかな。でも私、この世界じゃ神様だもん。神様なら人間を拉致しても良いんだよ。ギリシャ神話ってので知ったの!」


「ゼウスがエウロペ誘拐したの参考にしちゃったか」


「よく知ってるね。さすが定春ぅ」


「まぁ誘拐はもうやっちゃったから仕方ないとして、人格を書き換えるってのは許せません」


「えー、ダメ? そうしたら皆、ダンジョン攻略に本気を出してくれるかなーって。人気者を自分の思い通りにしたいって人、きっと沢山いるから」


「女神様はその本気を出した青年にボッコボコにやられたんですよ」


「うっ。それは、確かに……」


 定春と会話していて落ち着いてきていた女神。そんな彼女は颯に四刀流で追い詰められた時の恐怖を思い出した。


「なんなの、あの子!? 動きやばくない? ほんとに人間? チートよ、チート!」


「チートは大技3つも実装した女神様の方です。俺が組んだチート検出システムが反応してないんで、颯君は現状実装されているアイテムやスキル、マーケットなどの仕組みを完璧に使いこなして女神様を倒したことになりますね」


「じゃ、じゃあ知り合いだからって、定春があの子の味方してるんじゃない!? レアアイテムのドロップ率高めたりしてさ」


「俺はゲームのシステムに関して嘘をつきません。誰かを特別扱いすることもありません。チートユーザーだけは、絶対に許しませんが」


「それって、私も?」


「女神様は例外ってことにしときます。プレイヤー側ではないですし」


「なんだかんだで定春は私を甘やかしてくれるから好き」


「はいはい。ところで人格を書き換えるシステムだけは許せないんで、俺が改変しときました。コンパイルお願いします」


 定春が女神の理解できる言語でシステムを設計し、それを女神がこの世界の仕組みに適合するよう変換コンパイルする。こうすることでFWOの建造物やモンスターを模倣し、現実世界に出現させていた。


「人格改変がダメなだけで、トロフィーはそのままでいい?」


「連れてきちゃった人たちの肉体とか精神状態次第ですね。どうなってます?」


「肉体の時間は止めてる。精神は自由にしてるから、寝てるような状態にもなれるし、覚醒して色々考え事もできるよ。でもあまり長い時間を過ごさせると人間って精神崩壊しちゃうみたいだから、体感時間は短くなるよう設定しといた」


「やってることは邪神ですが、とりあえずその対応は偉いです」


 定春が女神の頭を少しだけ撫でる。


「えへへ。もっと褒めて良いんだよ?」


「人格改変を無くしてくださいね。そしたら褒めてあげます」


「はーい! ……はい、完了!! 出来たから、褒めてほめてー!」


「ちょっと待って。確認ですが日本だけじゃなく、トロフィーにさせられた人間のいるダンジョンは世界中にあるんですか?」


「うん。だいたい5千万人に1人の割合でトロフィーを設定した。日本だともうひとりいるよ」


「では、日本人が海外のダンジョンを攻略しに行ったりできます?」


「それは今できなくしてる。力を持った先進国が、途上国のダンジョンを攻略して資源を独占したりするのを防ぐためにね」


「なんでそこは普通の神対応なんだ……」


「ん、なにか言った?」


「いえ、なんでもありません。資源独占するって言っても、大人数を動員する必要がありますよね。だからひとつのダンジョンに最大8人のパーティまでなら、外国人でも入れるようにしてほしいです。コードは俺が書きますから」


「わかった。それが終わったら、私を褒めて。それから一緒に次に私が入るボスの設定を考えてね。次は負けたくないの!」


「承知しました」



 ──***──


 数時間後、世界中に女神の声でアナウンスが流れた。


【第2等級以上のダンジョンボス討伐者に、国外ダンジョンへの挑戦権を与えます】


 この設定変更はダンジョン攻略が思うように進められない国々の希望となった。


 攻略者は国外のダンジョンに入れないということが判明していたため、世界各国は『彼』に援助を求めることができなかったのだ。


 しかし、その制限が解除された。


 大事な人をトロフィーとして連れ去られた各国の有力者たちが、一斉に日本に向けて使者を派遣する。大統領の娘がトロフィーになった世界最強の軍事国家は『彼』を強制招集するため、太平洋に駐留していた艦隊から特殊部隊を日本へ送り込んだ。


 つまりこの時、『彼』の争奪戦が始まったのだ。


 

 一方、そんなことになっているとは知る由もない『彼』は、出来たばかりの彼女とふたりで夜道を散歩していた。

 

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