第023話 東雲 玲奈
はじめて彼の動画を見た時、かっこいいって思った。
同じ人間が操作しているとは思えないようなキャラコンでモンスターを薙ぎ倒していく。その動きは派手なんだけど、攻撃から攻撃までの移行が流れるようにスムーズで全く無駄がない。
魔法や銃火器による遠距離攻撃を選択する人が多いFWOで、彼は近接武器──それも四刀流っていう珍しいスタイルで戦う配信者だった。
メイドたちの間でキャラクターメイキングが楽しいって流行っていたから、私も3年くらい前にFWOをやり始めたの。気づいたら私はそのゲームにハマってた。やり込んでいく中で、どうしてもクリアできないクエストがあった。その攻略方法を調べていた時に彼の配信を見つけた。
『このモンスターは体力が30%くらいになると狂暴化します。なので体力32%くらいになったら大技使って一撃で倒すようにしましょう。そうすればソロでも楽勝です』
そんなふざけたことを言う配信者。それがハヤテって男なの。4人以上のパーティーを組んでの討伐が推奨されてるモンスターを、彼はソロで倒してた。
頭おかしーんじゃないの?
世界中にプレイヤーがいるFWOでは、ソロで活動してるプロゲーマーもいる。でもその多くがNPCを連れてダンジョン攻略をしているの。NPCを連れず、本当にひとりだけで最新コンテンツに挑んでいる配信者はほとんどいない。ハヤテはその数少ないうちのひとりだった。
守ってくれる盾役も、火力を出せるアタッカーもいないのに、ハヤテは危なげなくモンスターを倒してしまう。何人ものプロゲーマーたちが徒党を組んでギリギリ討伐できる敵を、彼がたったひとりで蹂躙してしまう姿は見ていて爽快だった。
彼を真似て四刀流を始めてみたけど、マニピュレータが全くいうことを聞いてくれなくて私はすぐに諦めちゃった。ハヤテも最初はそうだったらしい。それが今は世界トップレベルの攻略者になっている。頑張って色んな訓練をして、四刀を自在に操れるようになったんだって。その努力が凄いと思った。
気づけば彼の配信に視聴者登録をして、古参メンバーと呼ばれるくらいずっとハヤテの配信を見てきた。
私は彼のファンだった。
投げ銭もしてた。
あんまり高額だと彼が気にしちゃうから、ボスを倒した時やレアアイテムをゲットした時にご祝儀として5千円か1万円をちょこちょこと送る程度だったけどね。
『タマにゃんさん、はじめさん、レーナさん、春香さん、隣の客は良く客喰う客ださん、カールクライバーさん、こんばんはー!』
3番目に呼ばれたレーナってのが、動画配信サイトに登録した私のアカウント名。
毎回ハヤテに名前を呼んでもらえるのが嬉しくて、私は必ずコメント欄に挨拶を書き込むようになっていた。いつも配信開始時間の30分以上前から待機してるのに、なかなか一番最初に挨拶を書き込めないのが悔しかった。
書き込むのが遅れた時でも、ハヤテは私が書き込めばいつもコメントを読んでくれた。彼に認知されてるって実感できて、当時の私は幸せだったの。
でも次第に、それだけじゃ満足できなくなってきた。
私は東雲グループ総裁の娘。
望めばなんでも手に入った。
そんな私が、大好きな配信者と配信のコメント欄でしか接点がないなんて我慢できなかった。
だから私はハヤテのパートナーになるって決めたの。
なりたいなーとか、なれたらいいなーとか、そんなふわふわした気持ちじゃない。絶対になるって、この東雲 玲奈が心に誓ったんだから。
まず彼との接点を増やすために、私もダンジョン攻略の配信を始めてみた。この時、使う武器は弓にした。もともと少し弓道を習っていたからっていうのと、ハヤテのパートナーになるなら彼にないモノを補わなきゃ。
近距離メインで戦うハヤテと組むなら、私は彼に接近してくる厄介な強敵を遠くから撃滅する力が必要だった。四刀流ほどじゃないけど、弓もFWOではそれほど人気がある武器じゃない。遠距離から一撃の威力が大きな攻撃を放てるけど連射ができずに隙が大きい。初心者には向いてない武器。
それでも彼の隣に立つって決めたんだから。
私は寝る間も惜しんでFWOの射撃訓練場に籠り、矢を射ち続けた。
その甲斐あって、私はPVPの戦績をどんどん上げることができた。配信の視聴登録者数も増えた。ゲームの中では素の私を出してたんだけど、それがウケたみたい。気づけばハヤテの視聴登録者数を越えちゃった。なんか、ごめんね。
ただ、彼も私のブースをチェックしてくれてたみたい。ライバル視してるって配信で呟いてるのを聞いて、嬉しくなっちゃった。貴方が望むなら、私のブースと合体させても良いんだよ? その代わり、私のパートナーになって! ──そんな提案したかったんだけど、流石に恥ずかしくってできなかった。
いつもハヤテの配信を見てた。私のコメントを読み上げてくれるのを、ニヤニヤしながら聞いてたの。逆に私が配信してる時は、もしかしたら彼が見ててくれるかもしれないってドキドキしてた。
ある日、私はダンジョンでハヤテと遭遇した。
『あんたハヤテね? わ、私と、PVPしなさい!』
そんなことを言うつもりじゃなかった。ずっとファンだったんです。パーティーを組んでくれませんか? って話しかけるつもりだったの。でも、私の口から飛び出したのは宣戦布告だった。
初対面でいきなり戦えって、どんな戦闘狂キャラよ。思い出して少し恥ずかしくなる。
でも彼は私と戦ってくれた。
優しい、好き。
しかもハヤテは私に武器を当てることはしなかった。ゲーム内だから、怪我したりしないのにね。私がリアルも女だって分かっていたから、もしかしたら女性視聴者を逃がさないための対策だったのかもしれない。
その後も彼をパーティーに誘おうとして、何度もPVPを申し込んだ。もちろん全部負けたけど。その全部が私の装備を破壊するとかで、一度も身体にダメージは入れられなかった。男キャラのプレイヤーは容赦なく胴体を両断してたから、不殺を誓ってるとかじゃないみたい。
はじめてハヤテとまともに会話できたのは、FWOのオフライン公式イベント。その時に初めてパーティーを組みたいと言うことができた。私と組めば、どれだけメリットがあるか全力でアピールした。
でも、ダメだった……。
詳しくは教えてくれなかったけど、複数人で行動するのが得意じゃないみたい。
四刀流が廃止になるって発表された時、それを撤回させるために私ができることは全部やった。ハヤテが悲しむだろうって思ったから。
だけどお父様の力を借りても、どうにもならなかった。彼が配信する回数も減ってきた。落ち込んでるだろうなって思って、ひとりで彼を追いかけた。それで最後だからって、勝ち逃げは許さないって言いがかりをつけてPVPしてもらった。
その後、なんだかんだでハヤテとパーティーを組み、ふたりでダンジョンを踏破できちゃった。あの数時間は私の人生で一番幸せな時間だった。推しと一緒に遊べる。私が活躍したら褒めてくれる。私の頭を優しく撫でてくれた。何もかもが最高過ぎて、この時間がずっと終わらなければいいのにって思ってた。
ダンジョン踏破した証として、石碑に私とハヤテの名が並んで刻まれた。これはもう、ふたりは結ばれたって言っても過言じゃないよね? その画像を私は今もスマホの待ち受けにしてる。
その日はとても幸せな気分だったのに……。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
【東雲 玲奈が、関東エリアの
全部この声の主、女神のせい。
女神に拉致されて、私は自分の意志で指先すら動けない状態で放置されている。
目が見えない。
ここがどこなのか分からない。
身体の感覚もない。
立っているのか寝ているのかも不明。
ただ意識だけはハッキリしてる。
【トロフィーとなった貴女は、泉のダンジョンを最初に踏破した者の所有物となります。所有者が望めば貴女の人格は消去されます。そして所有者が望む人格を植え付けられる。良い人が迎えに来てくれるといいですね】
女神にそう言われた。
今が私に残された最期の時間ってことだと思う。
後悔してることがたくさんあるな。
もっとお父様に大好きって言ってあげればよかった。お母様にもっと甘えたかった。メイドたちとドバイの高級ホテルで女子会しようねって約束してたのに……。みんな、ごめんね。それから執事長の藤堂に、その日FWOであった事を話すことももうできない。いつもニコニコして私の話を聞いてくれた彼が大好き。
思い出や後悔があふれてくる。
でもやっぱり、最期に思い出すのは彼の顔。
ハヤテ、もう一回会いたいよ。
どうせ踏破者のモノになるなら、私の所有者はハヤテが良い。彼に使われるなら許せる気がする。きっとハヤテなら私のこと大事にしてくれるから。
そう願うんだけど、絶対に無理だっていうのは理解してる。リアルのハヤテは私と同い年の高校生だもん。ゲームでいくら強くても、現実世界じゃ戦えないよね。それに私を助けるために、危険を冒すなんて止めて欲しい。
あっ、身体の感覚が少し戻ってきた。
宙に浮かんでるみたい。
【泉のダンジョン、踏破おめでとうございます】
そんな声が聞こえてきた。女神と同じ声だけど、これは無機質な機械的な音声。
誰かがダンジョンをクリアしちゃったんだ。
【踏破記念のトロフィーとして東雲 玲奈を差し上げます。彼女の人格を消して、貴方の望む性格にすることが可能です。さぁ、どのような性格を望みますか?】
もうダメみたい。
せめて私を使う人の顔くらいは見ておきたかった。私の性格をどうするか指定をしてたりすると思うんだけど、踏破した人の声すら私には聞かせてくれないなんて、女神って本当にケチ。
【……わかりました。それではトロフィーをお受け取り下さい】
身体がゆっくり落下している。
少しすると、何かに抱きかかえられているような感覚になった。
これでもう、私は消えちゃうのかな?
怖いよ……。
貴方以外の誰かのモノになるなんてイヤ。
お願い。
「助けて、ハヤテ」
「うん、助けに来たよ。玲奈」
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