第022話 〈配信コメント欄〉

 

 これまでの攻略と同様、世界中の人々が颯のダンジョン攻略を視聴していた。


 ただし今回は様子がおかしい。


「貴女に勝って、彼女を返してもらいます!」


 ウンディーネと対峙する颯が言った『彼女』という単語に多くの人が疑問を持った。NPCがダンジョンボスに攫われ、プレイヤーがそれを取り返すようなクエストは存在しないからだ。


〈彼女って、なに?〉

〈ハヤテの知り合いかな?〉

〈ボスに拉致られたってこと!?〉

〈そもそもウンディーネのセリフがおかしい〉

〈なになに? これってリアルイベント!?〉

〈最速攻略してる奴だけのオリジナルか?〉

〈いや、逆かもしれない〉

〈──っていうと?〉

〈ハヤテの知り合いが誘拐されてて、それをハヤテが全力で取り返しにきた〉

〈それはない……。ってこともないのか〉

〈ハヤテはいつもアイテムをしっかり回収する〉

〈でも今回は泥品を回収せずボス直行だったな〉

〈こんな金任せの力づくで攻略する奴じゃない〉


 以前から颯の配信を見ていた人々は今回の彼の行動がおかしいと気づいていた。そこに加えて、何かを返してもらうという発言。


〈ハヤテ運営側説が出てたけど、やっぱ違うよな〉

〈ダンジョンに挑むようステマしてるってやつか〉

〈違うだろ。そうだとしたらシナリオが下手すぎ〉

〈一切アイテム回収しないとかおかしいからな〉

〈やっぱりなんか理由があるんだ〉


 颯が人々をダンジョンに誘導しているのではないかという疑いがかけられたとき、数万単位の人が配信視聴登録を解除してしまった。颯はそんなことをしないと主張し続けてきたファンは、これを好機ととらえてコメント欄で彼を擁護する。


 それでもまだ信じない人々や、颯の人気を削ぎたい悪質な視聴者もいたが──



「た、タイダルウエイブ!」


 ウンディーネが即死級の大技を発動させた。


〈ウンディーネがタイダルウエイブを!?〉

〈第3等級でこの技は無理ゲーだろ!!〉

〈絶対不可避の全体範囲攻撃だぞ?〉

盾役タンクのHP半分以上削る必殺技だ〉


 反則チート級の技がダンジョンボスにより行使されたのだと解説されると、颯を疑っていた人々も考えを改めさせられた。


 それは明らかに、ひとりの人間に向けて放つ威力ではなかったのだ。

 

 対して颯は最大まで威力を高めた回転斬りにてその大技を回避する。


〈はぁぁぁあああああ!!!???〉

〈えぇぇえええええ!!?〉

〈いやいやいや、おかしーだろ!!〉

〈津波をww斬りやがったwwwww〉

〈ゲームじゃねーんだよ! 現実リアルなんだよ!!〉

〈リアルで津波を両断すんなwww〉

〈津波って、斬って回避できるんだな(棒読み)〉

〈いや、どう考えても不可能だから!!〉

〈もう良いよ。わかった、ハヤテは人間じゃねぇ〉


 颯が運営側という説は弱くなったが、今度は颯が人間ではないという説が濃厚になって来てしまった。


〈大地震あっても安心だ〉

〈ハヤテがいれば津波も怖くない〉

〈一家にひとりハヤテが必要〉


 そんな書き込みが増えてきた時。


「せっかくだからイイコト教えてあげる。実は私ね、後ふたつも大技持ってるんだよ! ねぇ、びっくりした? 絶望しちゃった?」


〈は? なにコイツ〉

〈えっ、キモ〉

〈こんなセリフ、ウンディーネは言わねえ!〉

〈クールなキャラなんだぞ!?〉

〈俺は彼女に負けた時の、見下されながら『もっと強くなってから再挑戦しなさい』ってセリフが聞きたくて何度も挑んだんだ〉

〈あっ、俺もそれやってた〉

〈俺も俺も!〉

〈ウンディーネたん傷つけたくないからって、武器持たずに挑む馬鹿な男プレイヤーがたくさんいたよなwwまぁ、俺もだけどwww〉

〈そんなウンディーネを──〉

〈穢すなよ!!!〉

〈マジふざけんな!!〉


 ウンディーネの放ったセリフに違和感を抱いたFWOプレイヤーの多くが憤慨していた。ボスキャラの中で男性人気が最も高い彼女。そんなウンディーネが絶対に言わないであろうセリフを女神が言ったことで、コメント欄は荒れまくった。


〈分かったぞ。きっとこの世界にダンジョンを出現させた存在がウンディーネ乗っ取ってるんだ。それ以外に考えられねぇ!〉


 この書き込みが多くの支持を得た。


〈それはあり得るな〉

〈ウンディーネは初の会話ができるボスだし〉

〈ハヤテがやってるリアルイベントもあるなら、何らかの意思が介入してるはず〉

〈何かって、なんだよ?〉

〈まぁ、神とか?〉

〈実際こんなことできる存在がいるなら神だろな〉

〈神がウンディーネを操ってるのか!!〉


 ウンディーネが何者かに操られているとすれば、そのおかしな言動に納得がいく。


〈神かどうかはともかく、超常の存在がFWOの設定を模倣してこの世界にダンジョンを出現させた。んで、今度はその設定を無視して第3等級ダンジョンじゃ本来ありえないタイダルウエイブを実装したってのは紛れもない事実。やっぱりそんな自由に世界を改変できる存在っていうと、わかりやすい呼び名は神なんだろうな〉


 まだ女神は限られた人にしか存在を明かしていない。それでも颯の配信を見ていた多くの人々は神の存在を確信した。同時に神への不満が爆発する。


〈神でも、原作レイプは死罪でオケ〉

〈あぁ、マジで許せねぇ!!〉

〈キャラ崩壊とか許さねえぞ、神様ぁ!〉

〈ハヤテ、神をボコれ。俺が許す〉


 コメント欄は大いに盛り上がっていた。


 ウンディーネが第6等級ダンジョンボスの大技を使ってきても、同じクラスの即死級大技が後ふたつもあると分かっていても。


 視聴者の多くは颯が負ける姿を想像しない。


「こっからはあるもの全て使って、本当の全力で行かせてもらいます!」


 このセリフを言った時の颯はジェットパックで水面スレスレを浮いていたが、それに疑問を持つ声は少なかった。津波を切り裂く彼なら、水の上に立ったりしてもおかしくないと視聴者の多くを思わせてしまったからだ。


 配信で視聴者に、異常なことを普通だと思わせる。これが達成できる状態のことを『調教完了』と表現する。今まさに視聴者たちは颯によって良い感じに調教された状態だった。


〈なんかハヤテ飛んでるけどかんけーねぇ!!〉

〈あぁ! やってくれ、ハヤテ!!〉

〈ウンディーネ乗っ取ってるクソ神をぶっ潰せ!〉


「せいっ!」


 ジェットパックを使い、颯が高速でウンディーネに斬りかかる。


「こ、来ないで!!」


 ウンディーネが手を振ると、大量の水が颯の進路を阻もうとする。彼はそれを切り裂きつつ、前進する。


「──っ!? 来ないでって、言ってるでしょ! アクアブレスト・ロット!!」


 突如巨大な水柱が立ちのぼる。


 これも本来ならウンディーネが使うことのできない即死級の大技。


 足元から噴出した高圧水流がプレイヤーを上に押し上げ、ボス部屋の天井で圧死させてしまう。ボスが行使する魔法の中で最も発動までの時間が短く、回避が困難な大技だ。それを──



 颯は難なく回避した。


 彼はウンディーネが『アクア』と発音した瞬間に、この大技が来ると予測して回避に動いていたのだ。そして大技を放った後の隙を颯は見逃さない。


「こっちだ!!!」

「えっ!?」


 颯を捕らえたと思った女神は彼がいるであろう天井付近を見ていた。そのため防御が遅れ、右腕を斬り落とされてしまう。


「くぅぅ。いったぁぁい!! な、なんでアレが当たらないのよ!?」


「大技が後ふたつ使えるって教えてもらえましたから。アクアで詠唱が始まる技はあれだけです。だからその瞬間に回避しました。残りの大技、あとひとつですね」


 FWOのボスは即死級の大技を一度しか使用しない。強攻撃は何種類かあっても、確実にひとりはプレイヤーを行動不能にするレベルの大技を繰り返し放ってくるような設定にはなっていない。


 とはいえ相手は女神だ。


 最初の言葉を無視して、大技を何度も放ってくる可能性も颯はちゃんと考えていた。それを防いだり回避する算段を考えつつ、ウンディーネに向かっていく。


「じゃ、じゃあこれなら! 分かってても避けられないはず!! ロード・オブ・ハイドラぁぁああ!!」


 8本の水柱が立ち昇り、龍を形作る。

 それが八方から颯に襲い掛かった。


「ハヤテ式四刀流奥義、朧」


 マニピュレータが保持する剣が消えた。そう見えるほど高速で振られている魔法剣が、彼に迫る水をすべて吹き飛ばしていく。


〈な、なんじゃそりゃ!?〉

〈第8等級ダンジョンボスの大技防いだぞ〉

〈四刀流の奥義だって〉

〈おぼろ、かっけぇ!!〉

〈初めて見たな〉

〈ハヤテも隠してたんだろ〉

〈でも神が大技3個とかズルするから〉

〈切り札を使ったわけか!〉

〈でもこれで、神は手持ちがない!〉


「はぁぁ!? 何それ!? ズルくない!!? チートでしょ!!」


〈いや、おまいう〉

〈マジでそれな〉

〈大技3個使ってる口が言うなよ〉

〈それでもダメージゼロはかわいそうw〉

〈ハヤテが異常なんよな。強過ぎ〉

〈まぁ良いよ。ハヤテだもん〉

〈そっか、いいのか〉

〈うん、ハヤテだからな〉


 全世界の視聴者が颯の味方だった。


「もう大技ないんですか? もしあったら使ってくださいね。俺、スキル発動の無敵時間で相殺するって技もまだやってないので。ちなみにプレイヤースキルのクールタイム最短で考えて大技使えるのは180秒後ですね。最初に使ったのから考えると、あと60秒ぐらい」


 どう足掻いても無駄だと思い知らせるため、わざと手の内を明かしながら無表情の颯がウンディーネに近づいていく。


「60秒もあれば、俺はお前を蹂躙できる」


「ひぃっ!?」


 颯に気圧され、ウンディーネが後退る。


〈お仕置きタイムだ!〉

〈遠慮はいらねぇ〉

〈やっちゃえハヤテ!!〉

〈無双はじまった〉

〈ボッコボコにしたってください!!〉


 1億人以上に愛されたゲームを穢した女神の味方は、この世界のどこにもいない。

 

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