第019話 女神と定春

 

「さ、定春! ねぇ、さだはるってば!!」


「……もぉ、なんすか? いま結構深いとこ潜ってたのに」


 集中して重要な調整を行っていた定春が、不機嫌そうに女神の方を向く。


「ゴメンね。でも大変なの! も、もう来ちゃった!!」


「来たって、何が」


「ダンジョン攻略者! もう中ボスのとこまで来ちゃったの!!」


「えっ。マジすか?」


 第2等級ダンジョンが踏破されたと聞かされてから、それほど時間は経っていない。


 第3等級である泉のダンジョンは、これまでのダンジョンより広く複雑だ。それをここまで早く登ってこられる攻略者がいるとは驚きだった。


「中ボス、勝てるよね?」


「多分大丈夫かとは思いますが……。その攻略者の映像とか、見えます?」


 定春はシステム上でダンジョンの状況をチェックしているだけで、実際のモンスターや人間の動きを映像で見ているわけではなかった。ただ今回はあまりにも攻略が早すぎたため、その人物に興味が湧いた。


「わかった。今見せるね」


 そう言って女神が半透明のボードを出現させる。


 そこに映し出されたのは、最強の四刀流を使う中ボスと同じ構えをした青年の姿だった。定春はその構えに見覚えがある。


「あれって……。もしかして、颯君?」


「定春の知り合い!?」


「え、えぇ。まぁ」


 四刀流を多くの人にも使ってもらえるよう、FWOの開発者だった定春は颯に協力してもらい本来人間にない第三、第四の腕を動かすためのコツを調査した。結果は海外の有名大学の教授でも理解できないという結果だったが。


「あの子、めっちゃ強いんだけど!」


「そうでしょうね。あの中ボスのモデルにしたの、彼ですから」


「えっ? それって、定春が言ってた最強の彼? で、でもその子は子供だから、成人してないからダンジョンには入れないって」


「そのはずですね。なんで彼、ここにいるんです? 彼は確か、まだ16歳のはず」


「え」


「えっ」


「じゅ、16歳は成人だよね? だってこの『平安丸わかり辞典』に『男子は15歳の元服で~』って書いてある。元服って成人のことでしょ?」


「……女神様。今の日本は平安時代じゃありません。成人は18歳からです」


 どこからそんな辞典を探し出してきたんだよとツッコみたくなる気持ちを抑え、目の前の問題をどうすべきか考えを巡らす定春。


 彼は途中までやって来たゲームが、運営の一存で大幅な仕様変更をされてしまうのが好きではなかった。プレイヤーとしてやられたくないことは、開発者として運営側になった時もできればやりたくないと考えていた。


 四刀流を開発したのは定春だ。そしてその廃止が決まった時に開発陣として最後まで抵抗したのも彼だった。


「わ、私の勘違いだったからぁ、この子にはダンジョンから出てってもらおうかな」


「ダメです。それだけは絶対に許せません」


「なんで!?」


「ここまで頑張ってきた青年の努力を無下にするようなら、女神様は邪神になっちゃいますよ? それに貴女は神様なんですから。勘違いだったなんて、認めちゃダメです。ルール上は15歳以上ならダンジョンに入れる。ただし18歳以下は親の許可が必要だってことにしましょう」


「ルールに追加をするのは良いんだ……」


「仕方ないです」


「でもぉ。結局何の解決にもなってないよね? あの子、最強なんでしょ? 中ボス負けちゃわないかな?」


「負ける、かもしれないです」


「ほらぁ! ヤバいじゃん!! 私、ちょっとあの中ボスと模擬戦したけど、ボッコボコにやられたんですけど!? そんな中ボスのオリジナルが来ちゃってるじゃん!」


 定春はふと、颯が女神をボコボコにする様子を見てみたいと思ってしまった。


 億を超えるプレイヤーがいるFWOで、定春が今でも尊敬できる数少ないプレイヤーのひとりが颯だ。彼とは四刀流普及のための試験や宣伝案件などで面識があり、好青年であることを知っている。自分たちが作ったゲームを心から楽しんでくれていることも嬉しかった。


 定春は元の世界に未練はない。それでも故郷である日本にダンジョンを出現させ、美しい景観や国宝など多くを滅茶苦茶にした女神が少しだけ憎かった。


 颯に女神をボコボコにしてもらいたい。


 そんな気持ちが芽生え始めていた。


 まずは女神にやる気になってもらう必要がある。


「女神様がダンジョンボスのウンディーネに入って彼と戦い、負けても消滅したりするわけじゃないですよね?」


「完全同期なんてするわけないじゃん」


「なら大丈夫ですね。彼と戦ってください」


「なんで!? 攻撃されたら、痛いのは痛いもん!」


「女神様が操作してる時しか使えない大技いくつか実装してあげますから」


「えっ。ほんと!?」


「えぇ、本当です。それに女神様がやりたいって言うから、ウンディーネの自動戦闘プログラムはまだ設定できてないんです。少なくとも今回は戦っていただかないと」


「うぅ……。わかったよぉ。で、でもその代わり、必殺技を3つ実装してね!」


「ボスに即死級スキル3つかぁ……。ゲームだったらクレームの嵐になりそうだ」


 それでも颯ならクリアできてしまうのではないか。できれば彼にこの試練を乗り越えてほしい──そう思ってしまう。


「わかりました。大技3つ実装しておきます」


「わぁー! さだはる、ありがとぉ!!」


 女神がお礼を言った時、パリンっとモンスターコアが割れる音が響いた。


 颯が自分のコピーを撃破したのだ。

 彼は無傷で、武器の消耗もない。


 定春がトレースしたのは1年も前の颯の動き。それ以降もゲーム内で遊びつつ現実でも訓練してきた彼は、定春の想定よりずっと強くなっていたようだ。



「ちょ、ちょっと! 中ボスやられちゃったよ!? 必殺技の実装間に合うの!?」


「全力でやります。試し打ちはできませんが……。それより女神様は、今すぐウンディーネに入ってください! ボスのセリフは自動で声が出ますから」


 大慌てで準備を進めるふたり。


 そんなことになっているとはつゆ知らず、なかなか開かない扉の前で颯はダンジョンボスがどんな敵でも対応できるよう、武器換装手順などの確認を進めていた。

 

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