3章 トロフィー獲得クエスト

第014話 〈配信コメント欄〉

 

 SNSや掲示板で、ある情報が注目を浴びていた。


 黒のダンジョンを世界最速踏破したハヤテが、第2等級ダンジョンに入ったという情報。それは瞬く間に拡散され、彼がダンジョンに挑戦する様子が配信されているハヤテのブースには多くの人々が集まった。


 早朝にも関わらず、そのコメント欄は盛り上がっている。


〈うお! マジでハヤテじゃん〉

〈流石に休憩してたみたいだな〉

〈でもまだ朝の7時だぞ〉

〈もう少し遅い時間が良かった〉


 颯が攻略対象に選んだのは灰のダンジョン。東雲グループが保有する最新AIが最短で攻略できると予測したのとは別のダンジョンだ。



「ここ、灰のダンジョンは火属性のモンスターが多いです。黒のダンジョンでゲットした石系の武器が一番活躍できますね」


 ここでも彼は自身の行動を解説しながら、上へ上へと登っていく。


〈配信見られてるって気づいてるな〉

〈気付いてなくてもハヤテはこうだろ〉

〈解説しながらの攻略が癖になってるw〉

〈ところで、石武器が火属性に効くの?〉

〈ハヤテの言う“活躍”ってのはな──〉


 コメント欄で誰かが説明しようとした時、颯に向かって火炎弾が飛んできた。


 彼はそれを右手に持った剣で受け止め、


〈……は?〉

〈なにあれ?〉

〈えっ、なんで!?〉

〈石の剣が燃えとる〉


 FWOを良く知らない視聴者は、意味が分からず混乱する。


 多くの人々が驚愕しつつ見守る中、颯は赤熱した剣を使い、炎を放ってきたモンスターを両断した。魔法剣でしか倒せないはずのモンスターを、彼は物理剣に魔法を纏わせることで強引に倒してしてしまったのだ。


〈FWOって、タイミングを完璧に合わせれば対抗属性の武器に魔法を纏わせられるんだ。火属性に対抗するのは水か石な。覚えといて〉


 追加で現れたモンスターの相手で忙しい颯に代わり、彼の配信を以前から見ていた視聴者たちが解説してくれる。


〈ちなみにこれ、元はバグだった〉

〈でも面白いからって、ゲームの仕様に〉

〈タイミングがめっちゃムズいの〉

〈失敗すると普通にダメージ負うから〉

〈初心者にはおススメできんな〉

〈てゆーか絶対真似しちゃダメだぞ〉

〈上級者でも100%成功は無理〉

〈リアルでやるとか…、頭いかれてんのか?〉


 FWOをプレイしたことのある視聴者たちからすると、颯がやったことは神業の部類であった。ましてやVRゲームとリアルでは感覚の違いがある。ゲームの時の感覚でタイミングをとったとして、リアルでも成功する保証などない。


〈このハヤテって人、ヤバいんですね〉

〈タイミングが難しいって話しですが……〉

〈この人、4本の剣全部やってますよ?〉


 これを一度でも成功させられればFWO中級プレイヤーを卒業し、上位30%の上級プレイヤー入りができると言われるほど激ムズのキャラコン。


 魔法を纏わせることから、魔纏まてんと呼ばれる超高難易度技術を平然と行使し、颯は4本の剣全てに炎を纏わせていた。


〈普通にやってるけど、普通じゃねーから〉

〈魔法剣に魔纏はいらんだろww〉

〈…ん? おい、ちょっと待て!!〉

〈風属性剣って火を魔纏できんの!?〉


 それはFWOがまだゲームであった頃、颯が配信で見せていない新技術だった。


 風の属性剣は火の強化属性。

 従来の常識では不可能なことが起きている。


 そもそも物理剣で魔纏ができるプレイヤーが限られている上に、魔法剣で別属性を魔纏するのは更にタイミングが困難だ。


 現在、この技術が使えるのは世界中で颯のみ。


〈ヤバいヤバいヤバい!〉

〈これゲームを越えてるぞ〉

〈絶対修正パッチ入っるって〉

〈ありえねぇだろぉぉぉおお!〉


 FWOをやり込んできた視聴者ほど、颯がやっている偉業に驚きを隠せない。ゲーム上では、ひとつの武器に複数の属性を持たせることは不可能とされていた。


 ゲームで出来ないとされていたことが、リアルで実行されている状況に理解が追い付かなかったのだ。


 双剣使いが風と火の属性剣をそれぞれ左右の手に持ち、同時に攻撃することで攻撃の威力を上げる技法は存在する。その威力上昇倍率は2だ。しかし、ひとつの武器にふたつの属性を持たせることができるならば、攻撃力は双剣で4倍になる。


 もし颯が四刀流で4本の魔法剣を持ち、それぞれ全ての剣に強化属性の魔法を魔纏することができるならば、彼の攻撃力は16倍にもなる。この倍率はFWOでは異常な数値だった。


 それに気付いた視聴者が何人かいる。


〈最大で16倍の攻撃力になるな〉

〈は?〉

〈流石にそれは嘘乙ww〉

〈FWOで倍数16はありえん〉

〈いや、仮に4本魔纏出来たら可能だ〉

〈そもそもハヤテって……〉

〈ストーンドラゴン一撃で倒すんだぞ〉

〈そんなバケモンの攻撃が16倍に!?〉


 そんなことはありえない。──視聴者たちはFWOのゲームバランスを根本から覆すようなことは起きないはずだと信じたかった。


 しかし、最速攻略を誓った颯は一切の出し惜しみをしない。


「こっから先、敵が強くなってくるので本気でいきますね。まずマーケットで魔法剣を買って、資金の限り強化します」


〈そんな無茶な強化して大丈夫?〉

〈強化値高いけど、成功率低いぞ〉

〈めっちゃ失敗しとるww〉

〈これ、リアルマネーなんだってな〉

〈人気配信者が課金沼に堕ちる瞬間だ〉

〈生活費全溶けざまぁwwwww〉


 彼の人気を妬む者たちからは颯を煽るようなコメントが多数書き込まれた。


 そんなコメントを見ていない彼は、ひたすら無茶な強化を繰り返す。


〈お、おい。さすがにヤバくね?〉

〈もう500万は消えただろ〉

〈やめろって! もう良いよ!!〉

〈ハヤテさん、頑張ってください〉

〈少しですが支援しますね〉


 いくらかの投げ銭が集まるが、それが焼け石に水となるレベルで颯は強化のボタンを連続でタップしている。


 誰か止めるべきだ。多くの視聴者がそう思った時、颯のステータス画面が一瞬映った。すかさず配信から画像を切り抜き、解析に移行する者が数名いた。


〈ハヤテの所持金が分かったぞ!!〉

〈えっ〉

〈さっき一瞬映ったからか!〉

〈で、いくら?〉

〈この勢いで強化してるなら1000万くらいか〉

〈そんくらいは欲しいな〉

〈甘いぞ。昨日の配信は30億PVだ〉

〈少なく見積もっても5000万は持ってる〉


〈あのな、ご ひ ゃ く お く え ん だ っ た〉


 この配信への書き込みとほぼ同時に、颯の所持金のスクショがSNSや掲示板で晒されてしまう。


〈……は? 500億?〉

〈500億は草〉

〈草超えて林〉

〈林を超越して森www〉

〈森に草を生やすな〉


 個人の資金としては額がデカすぎて、コメント欄でも困惑する人が多かった。


 どうやって颯がそんな大金を手に入れたのか議論が巻き起こりそうになった時、配信の画面が眩く光った。


「できたぁぁああ! 風の魔法剣(改+30)、4本できましたー!!」


 FWOでは初期ダンジョンでゲットできる武器でも、強化を繰り返せば中盤以降も使えたりする。しかしその強化の成功率は非常に低くなっているのだ。


 改+10の強化がされた武器があれば、第2等級ダンジョンを攻略可能。改+20で第3等級を。改+30であれば、第5等級ダンジョンで使えるくらいの強さになる。


〈改+30を4本って……〉

〈まじかー。やっちゃったな〉

〈はい、終了です。ハヤテの勝ち〉

〈運営さん乙っす〉

〈もう誰もコイツ止められませーんww〉


 この時点で十分強いのは言うまでもない。

 しかし颯は、更なる強化を実行した。



「ちょうどモンスターが攻撃してきてくれたんで、炎を貰っておきます」


 そう言いながら、いとも簡単に魔法剣への魔纏を完了させる。


 ベースが風属性の剣に強力な炎が纏われ、炎属性モンスターを容易く焼き切る最強の剣が4本も完成してしまった。



「さて。準備が整ったので、全力でクリア目指しますね!」


 もはやこのダンジョンに、彼の障壁となり得るモンスターは存在しない。

 

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