第013話
俺としてはすぐにでも第2等級ダンジョンに挑もうと思っていた。だけど藤堂さんが先に会ってもらいたい人物がいると言われて、とある場所まで連れて来られた。
「こ、ここって……」
乗せてもらったリムジンから降りると、そこは超高層ビルの前だった。テレビとかで見たことある建物。東雲財閥の本社ビルだ。
「こちらで玲奈お嬢様のお父上、
玲奈のお父さんか。てことは日本四大財閥トップのひとりってことだよな。良く分からないけど緊張してきた。普通なら俺なんかがまず会うことのない存在だ。
どんな人なんだろう?
藤堂さんに案内され、俺は巨大なビルの最上階へ。
「このまま奥の部屋までお進みください」
エレベータを降り、長い廊下の先の部屋に向かえと指示される。藤堂さんはここで待機しているらしい。
謎の緊張感が高まる。
なんだろう……。まるで娘さんを僕にくださいって言いに行く感覚なのかな? そんなつもりは全くないんだけど。
廊下の先にあった扉を開ける。そこにはデスクと、来客用だと思われるソファーとテーブルのセット。ただそれだけが配置された、非常にシンプルで広い部屋だった。デスクの奥には壁や窓枠などがなく、全面ガラス張りになっている。
デスクで俯いていた男性が俺の入室に気付き、こちらを見てきた。
そう言えば扉をノックするの忘れた。
凄く偉い人だから、怒られちゃうかな?
「あぁ、よく来てくれた。君が颯君だね」
男性が立ち上がり、俺の方に近づいてくる。
「はい。雫石 颯です」
「いきなり呼び出してすまない。東雲 信孝だ。できれば私から会いに行きたかったが、立場上気軽に動き回れなくてね。玲奈の件、藤堂から聞いたかな?」
この人が玲奈のお父さんか。
思っていたより優しそうな人だな。
「えぇ。聞きました。できるだけ早く助けに行けるよう、頑張ります」
「そうしてくれるのは本当に嬉しい。だが君は先ほどダンジョンをひとつ登り切ったばかりだろう。一晩寝て、万全の態勢で第2等級ダンジョンとやらの攻略に取り掛かってもらいたいと考えている」
娘が攫われたのだから、一刻も早く救出に向かえ。金ならいくらでもやる──そんなことを言われると思っていた。俺の体調を気遣うようなことを言われ、少し驚く。
「えと、それで良いんですか?」
「颯君も玲奈と変わらない歳だろう。そんな君に命をかけて救出に向かえと言うだけでも本来ありえないんだ。しかし……、我々にはどうしようもなかった」
自衛隊用の武器開発や製造も手掛ける東雲グループは、10年ほど前から日本でも制限付きで許可されることになった私兵団を保有している。
自衛隊を除けば日本最強の戦闘部隊と称される東雲財閥の私兵団。彼らが最新鋭の兵器を装備して黒のダンジョン攻略に挑んだが、8階まで到達できなかったという。
別働隊が泉のダンジョン外部から攻撃を加え、最上部から内部に侵入しようとしたが、それも失敗に終わったらしい。
「神を名乗る存在に娘を攫われたと分かった瞬間から、私にできることは全てやった。ライバルにだって助けを求めた。それでも、いくら手を尽くしてもダメだった。そんな中、我が社の事業方針を決める際に活用している最新鋭のAIが、君を頼れとアドバイスをくれたんだ」
東雲さんがスマートフォンで俺に動画を見せてくる。
それは藤堂さんにも見せられたもの。俺が上空からの回転斬りでストーンドラゴンを倒す動画だった。
「これを見た時、正直人間業ではないと思った。しかし世界にダンジョンが現れ、その中にはモンスターが闊歩している。ダンジョンからはこの世界に存在しないはずの物質が手に入る。であれば、いずれ人類の多くはこの異常な環境に適応し、君と同じことができるようになるのだろう」
「その仮説は、多分正しいと思います」
俺はいち早くマニピュレータを使いこなせたから、世界最速で黒のダンジョンを攻略できた。でも他の戦闘職にだって身体能力を補助する装備があるんだ。
「とはいえ、現時点でこんなことができるのは君だけだ。ダンジョン出現から僅か数時間でこの動きができる颯君なら、これから先も強くなっていくのは早い。AIはそう予測していた。だから君を頼らせてほしい」
東雲さんが深く頭を下げてくる。
「あ、頭を上げてください。俺はゲーム内で玲奈さんと一緒に遊んだことがあります。俺だって、彼女を助けたいので……」
「それは、君が命をかけるほどの理由になるのか? ダンジョンで致命傷を受ければ、どうあっても意識が戻らなくなることは聞いているはずだ」
「はい。聞きました」
「そして君は、娘が好きなわけでもないのだろ? どちらかというと玲奈の方が颯君に絡んでいたと、娘に付けたSPたちから報告を受けている」
あっ、そうなんですね。娘さんを狙ってるって東雲さんに思われてないの、そーゆーことですか。良かったぁ。
下心アリだって思われてたら、逆に助けに行きにくい。
だったら俺も本心を打ち明けておこうかな。
その方が東雲さんも安心できるはず。
「俺、四刀流が大好きなんです」
「……ん? な、なぜ今そんなことを?」
「4本の剣による連撃で敵を倒すスピード感が爽快なんです。防御と攻撃を同時に行える万能感。そして圧倒的手数が最高です。俺は四刀流が最強だって思ってます!」
「わ、分かった。君が四刀流を好きなのは十分伝わったから。それが玲奈とどう関係するのか教えてくれ」
やべ、ちょっとヒートアップしすぎた。
「すみません。でも俺は少し前まで、大好きだった四刀流が使えなくなるんじゃないかって絶望してたんです」
「あぁ、マニピュレータ廃止の件か。実は娘から、何とかできないかと言われていてね。ただFWOの運営母体は日本企業でないうえに、東雲グループとも一切取引が無い。どうしようもないと伝えたよ」
もしかして玲奈、俺のために動こうとしてくれた?
……いや、流石にそれは無いか。
きっと他にも理由があるんだ。
うぬぼれるのは良くない。
話を続けよう。
「絶望してた俺に見えた希望の光。それがこの世界に現れたダンジョンでした。なんでダンジョンが出現したのかとか、神の存在とか俺にはどーでも良いんです。ただ四刀流を使いたい。もっともっと強い装備を手に入れて、四刀流で暴れまわりたい。それが、俺がダンジョンを踏破する目的です」
「つまり、その過程で
「言葉を選ばなければそうなります。東雲さんに支援とかしていただけなかったとしても、俺はダンジョンに挑みます。支援を頂けるのであれば道中回収できるはずのアイテム類を全て無視して、最短ルートで玲奈さんの救出に向かうとお約束します」
ちょっと言い過ぎたか?
玲奈のことは助けるが、女の子としては眼中にないアピールがひどすぎたかもしれない。親だったら、気分を悪くしてしまうかも。
「気に入った! 交渉成立だ!!」
勢いよく手を差し出されたので、思わず握手してしまった。
「娘に恋心があるからと言えば、私は絶対に颯君を頼らなかっただろう」
東雲さんが再び俺に動画を見せてくる。
それは藤堂さんに見せてもらった動画の続きだった。
【東雲 玲奈を取り返したければ、泉のダンジョンをクリアしてください。待っていますよ】
『お嬢様を、返してください!!』
その場にいたメイドが叫ぶ。
【一点、説明が漏れていました。トロフィーとなった東雲 玲奈は、泉のダンジョンを最初に踏破した者の所有物となります】
『……えっ』
【最初の踏破者。つまり玲奈の所有者が望めば、彼女の人格は消去されます。そして所有者が望む人格を植え付けられる。東雲 玲奈は多くの人から人気があり、容姿も良い。玲奈を好きにしたいという男性は多いでしょうね】
『そ、そんなのって』
【そうなることを拒絶したければ、東雲 玲奈の関係者が泉のダンジョンを最初に踏破できるよう死力を尽くしてください。なお、この情報は現時点から3日後、全世界に向けて発信します。それでは】
これで本当に動画が終了したようだ。
「颯君だから見せた。このことは絶対に他言しないで欲しい」
もしSNSなどで発信しようものなら、東雲グループの総力をあげてこの世からお前を消す。そう言われるような強い圧を感じた。
「ぜ、絶対に他言しないと約束します」
「よろしい。娘を無事に取り返してくれたら、望むだけ報酬を与える。更に君が今後も四刀流で無双できるよう、東雲グループが全力でバックアップすると誓おう」
「わかりました。では、俺が玲奈さんを助け出します」
ゲームのFWOで第3等級ダンジョンが公開された時、一番早いプレイヤーでも踏破に1週間はかかっていた。でもそれは情報やサポートがなかったからだ。
今の俺には知識がある。
資金や素材回収の支援がある。
玲奈を狙う男たちが殺到する前に、俺が泉のダンジョンを踏破してみせよう!
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