第012話

 

「玲奈を助ける? 彼女に何かあったんですか?」


 一緒にダンジョンをクリアしてから、まだ数時間しか経っていない。その間に何かあったとすると、彼女も現実世界に出現したダンジョンに入ってピンチになってるってこと?


 でも玲奈は前衛がいなくても戦える実力者だ。久しぶりに初心者装備を使わなきゃならなくなったとしても、黒のダンジョン程度に苦戦はしない。そもそも現実世界でそんな危険行為、彼女のSPたちがやらせないだろう。


「玲奈お嬢様は、この世界にダンジョンを出現させた神を名乗る存在によって連れ去られてしまいました」


「か、神? それに、連れ去られたって。ほんとなんですか?」


 真剣な表情の藤堂さんが冗談を言っているようには見えなかった。


「こちらをご覧ください。お嬢様が神に連れ去られる瞬間が映っています」


 手渡されたスマホを見る。


 そこには世界中にFWOと現実が同期したというアナウンスが流れた直後の玲奈の様子が映し出されていた。画角からして、彼女の屋敷に設置された監視カメラの映像だと思われる。



【現実世界と、ファーラムワールドの同期が完了しました】


『FWOとの同期って、どういうこと?』


『お嬢様、地震の直後です。窓に近づくのはおやめください』


 外を確認しようとした玲奈をメイドが止めていた。


『そ、そうね。ごめんなさい』


『今からセーフルームに移動しましょう。お嬢様の安全が第一です』


『えぇ。わかったわ』


 ふたりが移動しようとした時──


【東雲 玲奈が、関東エリアの踏破記念品トロフィーに決定しました】


 再びアナウンスが流れた。

 こんなの俺は聞いていない。


 トロフィーってのはFWOにもある要素で、ダンジョンをクリアした時にもらえる強力な武器や貴重なアイテムなどのこと。


 そして第3等級ダンジョンを踏破すると、プレイヤーをサポートしてくれるNPC。つまりプレイヤーが操作しなくても自律行動してくれるキャラをゲットすることができた。


 なんだか嫌な予感がする。


『私がトロフィーって、意味の分からないこと言わないで!』


【あなたに拒否権はありません。私はこの世界にダンジョンを出現させた存在。この世界の言葉でいうと、神になります。私の決定は絶対です】


『か、神? ありえないでしょ……』


『玲奈様! お、お身体がっ!!』


 彼女の身体が光になって消えていく。


『うそ、嫌! まって──』


『お嬢様ぁぁああ!』


 わずか数秒で玲奈の姿が消えてしまった。


 人が消える瞬間に唖然としていると、自称神の声アナウンスが響く。


【この様子を見ている者がいますね? 私は多くの人々に好かれ、注目されている存在をトロフィーにすることを決めました。その方が貴方たち人間は、必死になってダンジョン踏破を目指してくれるでしょう。東雲 玲奈を取り返したければ、泉のダンジョンをクリアしてください。待っていますよ】


 そこで動画は終わった。



「ふ、ふざけてる……。なんだ神って? 玲奈を景品に? そんなこと!」


 やって良いわけがない。

 ありえない人権侵害だ。


「我々は全力でお嬢様の追跡を試みました。いざという時のため、東雲家のみなさまの衣服には小型のGPSが織り込まれています。それを追った結果」


 藤堂さんが走る車の外に目をやった。


 そこには青白く光る巨大な塔がそびえ立っている。


 ゲームで見たのと同じビジュアル。

 あれが泉のダンジョンだ。


「あの最上部に玲奈お嬢様がいることは間違いありません」


「……ダンジョン攻略を手伝えってことですね。でもあそこは」


「分かっています。泉のダンジョンは第3等級。まずどこかの第2等級ダンジョンを踏破しなければ、内部に入ることもできない。お嬢様があの場にいると判明して以来、東雲グループの総力を挙げて侵入を試みましたが、いずれも失敗に終わっています」


 やれることは全てやった上で、俺を頼ってきたんだ。


 藤堂さんたちも必死なんだな。

 できれば俺も手伝いたい。


「俺にできることがあれば何でも言ってください。攻略方法の指南くらいならできます。プロ格闘家の人とかに効率の良い攻略ルートを教えれば、半日くらいで第2等級ダンジョンをクリアできると思います」


 ゲームのFWOと動きが違うモンスターも多いが、出現する種族はほぼ同じ。だからFWOの攻略サイトを見れば、現実のダンジョンで出てくる敵が分かるんだ。出てくる敵とその属性や弱点が分かっていれば、簡単に対策が立てられる。


 俺が玲奈の救出チームに加わるより、もっと動ける人に行ってもらった方が何倍も早く彼女を助けられるだろう。


「攻略に行かせる人の候補はありますか? スポーツしてる映像とかあれば、その人に適した武器とか、攻略のアドバイスがしやすいです」


「我々としては、颯様にお嬢様の救出をお願いしたいと考えています」


「で、でも……。俺はただの高校生です」


「ただの高校生は現実世界でこのような動きをしません」


 藤堂さんがスマホの画面を横にスライドする。


 俺が高く飛び上がり、回転しながらダンジョンのラスボスを切り刻む様子が映し出されていた。


「おぉ! めっちゃ良く撮れてますね!! 後でこの映像もらえます?」


 そんなこと言ってる場合じゃないと思うのだが、あまりにもカッコいいアングルで撮られていたからつい本音が口から出てしまった。


「こちらは全世界に配信され、アーカイブでも視聴することが可能です」


「えっ、あ、そうか」


「その再生回数は30億回を超えています」


「さ、さんじゅうおくぅぅ!?」


 知らない所で、なんかめっちゃバズってた。こんな状況じゃなければ、変な踊りをしながら盛大に喜んでいただろう。


「現在、世界中が颯様のことを最高のダンジョン踏破者だと認識しています。また東雲グループが独自に開発している戦闘分析AIに颯様のダンジョン攻略を見せたところ、同じ動きができる人間は存在しないと結論が出されました」


 俺、人間じゃなかった?

 確かに少し無茶したけど……。

 

「それから我々はプロの格闘家にプロのFWOプレイヤーを同行させて黒のダンジョン攻略をやらせました。しかし踏破はできなかったのです。知識と判断力があり、加えて瞬時に最適な行動ができる身体能力が備わっていないと、緊急時に対応できないのが問題のようです」


「そう、なんですね。ちなみにダンジョンでダメージ喰らうとどうなるんですか?」


 俺はノーダメージで黒のダンジョンをクリアしてしまったから、モンスターの攻撃が当たると痛いのかどうかも分かっていなかった。藤堂さんは色んな情報を持ってるみたいだから、ついでに聞いておこう。


「怪我を負えば血が出ますし、骨が折れることも。そして致命傷を負うと、外傷が無くなった状態でダンジョンの外に放り出されます。そうなった者は、肉体的に生きています。しかし意識を失った状態のまま、未だ目を覚ました者はいません」


「死なないけど、目を覚まさない……。蘇生アイテムが必要ってことか」


 これはFWOと違う仕様だ。


 でもダンジョン内で死んで、意識を失っている人を助けられるかもしれない。そういうアイテムがある。FWOで戦闘中に死亡した仲間を蘇生するアイテムが入手できるのは第3等級ダンジョンから。


 玲奈を助けるためだけじゃなく、世界中で困ってる人たちのためにも第2等級ダンジョンをさっさと踏破する必要がありそうだった。


「藤堂さん。相談があります」


「はい。なんなりと」


「俺、誰かとパーティー組むのは苦手なので、ひとりで攻略したいです。玲奈さんが大変な時に、我儘を言っているのは自覚してます」


 彼女のためだとしても、大人数でダンジョン内を行動するのはできない。


 過去のトラウマのせいで最悪の場合、俺が動けなくなってしまう。


「誠に勝手ながら、颯様の事情は調べさせていただきました。単独での攻略で問題ありません。AIに予測させたところ、最適な装備さえ準備できれば颯様は3時間20分で第2等級ダンジョンを踏破可能です」


 マジかよ。凄いなAI。

 俺が思い描く最速攻略時間と同じだ。


「武器強化に必要な素材が黒のダンジョンで採れることも把握しています。こうしている現在も、第2等級ダンジョン攻略に必要な素材を集めさせています。颯様の動画を何度も見ながら、安全マージンを取っての行動ですので進捗は遅いですが」


「えっ。もしかして『マーケット』に素材を流そうとしてくれてます?」


「その通りです」


 凄くありがたい。


 ゲームで一番地味で大変なのが、武器や装備を強化するための素材集めだ。まぁ、時間があるなら自分で素材を集めて作った武器で戦いたい。その方が楽しいから。


 でも今はそんなこと言ってられないな。


 FWO、ファーラムワールドオンラインでは自らモンスターを狩って素材を集めるか、ゲーム内資金を使ってマーケットに売られている素材を買うことも可能だった。逆にマーケットで素材や、自分で作った武器を売ることもできる。


 そのマーケットはダンジョン内でも使えるため、攻略しながら素材を売買して武器を強化できるのがFWOの特徴だ。


「そう言えば強化用資金って、ゴルド表示じゃなかったような気が」


 黒のダンジョンを攻略している時、装備の強化を何度かやったがそれに必要な資金は円で表示されていた。何故か初めから数百万円あったけど、もしかして……。


「どうやら現実の預貯金から支払われるようです」


「まじ、ですか」


 目の前が暗くなった。


 何も気にせず、強化成功率が高くて費用も高額な方法で強化しまくっていたからだ。表示されている資金が10分の1くらいまで減っていたけど、マーケットで素材を売ればすぐ回収できると思っていた。


 まさか俺のリアル貯金だったとは。


「今後も資金面は気にせず、最高の装備で最速攻略を目指してください」


「……と、いうと?」


「社員数100万人、総資産額500兆円を超える私たち東雲グループが、全力で颯様を支援いたします。強化に必要な素材は全て我々が集めます。資金は必要なだけお渡しします。ですから──」


 藤堂さんに肩を掴まれた。


「玲奈お嬢様を、助けてください」


 ヤバいな。これは気分がアガる。

 最強のスポンサーが付いた。


 俺が妄想してきた攻略RTAが実現するかもしれない。


 玲奈を助けてあげなきゃって想いが7割。残り3割は、最強のバックアップをつけて資金面など一切気にせず、AIの予想すら超える最高効率でダンジョンを攻略できるんじゃないかって期待で、俺はどのダンジョンに挑戦すべきか再検討を始めた。

 

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