第008話 〈配信コメント欄〉

 

【世界のアップデートを開始します】


 世界中の人々がそのアナウンスを聞いた。


 それは各国の言葉で、どこで何をやっている人も例外なく。



 そして、ダンジョンが出現した。


【現実世界と、ファーラムワールドの同期が完了しました】


 ファーラムワールドオンラインは世界で1億7千万人がプレイするゲームだが、世界中の人々がそれを知っているわけではない。混乱も大きく、とある軍事国家は出現したダンジョンにミサイルを撃ち込んだ。しかしダンジョンは不思議な力で守られており、無傷だった。


 またアメリカやロシア、中国などは特殊部隊を編成してダンジョン内の調査を行った。その結果、このダンジョンという建造物からは地球上に存在しないはずの貴重な鉱物や資源が採取できることが判明する。


 各国の首脳陣は歓喜したが、同時に問題も発生していた。



【ダンジョン攻略の様子は、映像が表示できる端末で確認が可能です】



 極秘裏に行われるはずだったその調査を、世界中の人々が目にしてしまったのだ。


 ダンジョンに入ると外部との通信ができなくなり、そして特殊部隊がダンジョンを攻略していく様子は、世界最大手の動画配信サイトで閲覧可能になっていたのだ。


 特殊部隊には攻略の様子を記録するための撮影班も同行していたが、極秘行動中に彼らが配信をするわけがない。このダンジョンを世界に出現させた何者かによって、勝手にその様子が配信されていると考えるしかなかった。



 一方、日本は国会でダンジョンに自衛隊を派遣すべきか議論が行われ、内部の調査については他国に後れを取っていた。


 そんな中、日本中の人々が注目するダンジョン攻略者がいたのだ。



「このゴーレム、攻撃パターンがゲームと若干異なりますね。FWOプレイヤーの皆さんは注意して下さい」


 そう言ってひとりの青年が、巨大ゴーレムに4本の剣を使って連撃を叩き込む。


〈この動きって、ハヤテか?〉

〈四刀流使ってるし〉

〈とりあえず回るの、ハヤテっぽい〉

〈リアルでも無双できるのかよ〉

〈ハヤテって誰?〉

〈日本最強のFWOソロプレイヤーかな〉

〈登録者30万人の配信者だった〉

〈この国、自衛隊も調査に出してないだろ〉

〈国より攻略が速い配信者乙ww〉


 まるでダンジョンを案内するように、雫石しずくいし はやてがダンジョンを攻略していく様子を多くの人々が見守っていた。


 しかし颯はダンジョン攻略の様子が勝手に配信されていることも、コメント欄が盛り上がっていることも気づいていない。


〈ここって、ハヤテ式四刀流推進室の配信ブースじゃないよな? そっちの方は動画配信してないみたいだし……。これ、誰が撮って配信してんの?〉


 とある視聴者がコメント欄に疑問を書き込んだ。


〈でも視聴者登録できるみたい〉

〈登録しとくべき?〉

〈既に10万人超えとるwww〉

〈現在の視聴者数24万人ってヤバくね〉

〈そう言ってる間にも増えとるぞ〉


 動画配信者はサイトにそれぞれのブースを持ち、そこへの登録者数を増やそうと日々努力している。


 3年ほどかけて颯は視聴者数を増やしてきた。FWOの配信者としては成功している部類なのだが、それを凌駕する勢いで新ブースの登録者数が急増していた。


〈投げ銭機能もそのままだな〉

〈とりあえず投げとくか〉

〈コレ、命かけてんだよな〉

〈えっ!? 死んだら終わり?〉

〈まだ情報ないから分からん〉

〈だからほとんどのFWO民は見てるだけ〉

〈それなのに……。ハヤテすげーよ〉


 FWOとリアルが同期した。当然ゲームであるFWOで死んでも、リアルの身体にダメージは無かった。しかし現在もそうだとは限らない。


 世界中に出現したらしいダンジョンに入って、もし怪我をしたら? 普通に怪我をしたり、最悪死ぬってなったら? 何も考えずにダンジョンに飛び込める人は多くなかったようだ。


〈政府の代わりに命かけて攻略してんだから、国が投げ銭で支援すべきだろ〉


 そんなコメントも多数寄せられていた。


〈国が投げ銭www〉

〈もうこの国の公式配信者で良いだろ〉

〈他の国はどうなってんの?〉

〈アメリカが特殊部隊投入したらしい〉

〈ロシアと中国、それからインドも〉

〈でもそのほとんどが7階くらいで苦戦中〉

〈持ち込んだ銃火器が効果ないらしいな〉

〈えっ、ハヤテはもう10階だぞ〉

〈だからコイツがヤバいんだって〉


 第1等級『黒のダンジョン』は10階建て。

 颯は既に最終階層に到達していた。


 そして彼はつい先ほど、ボス部屋を守護するガーディアンゴーレムを討伐した。


「ふー。第1等級ダンジョンとは言え、ダメージ喰らうとマズいかもしれないんで気を使いますね。疲れました。でもラストのボス討伐、このままノーダメで頑張りまーす」


 緊張をほぐすため、彼は普段配信している時の様に状況を口に出す。それが視聴者たちにとって面白かった。


 加えて颯はモンスターの攻撃を完璧に避けるか、回避が無理なら剣で弾いている。


 その圧倒的な安心感が世界中のSNSで話題となり、視聴者が急増していった。



 FWOというゲームのトッププレイヤーでありながらも、リアルで身体を動かせる配信者だということが彼の攻略を助けている。ハヤテ以上のFWOプレイヤーは世界中にたくさんいるが、その多くが現実世界ではあまり運動ができない人々だった。


 四刀流を使う感覚を磨くため、リアルでも欠かさず訓練を行ってきた颯の努力が今、実を結ぶことになる。



「さて。ボスを討伐して、このダンジョンをクリアしますか」


 現実世界ではまだ誰も到達していないダンジョンの最奥。そこに日本の高校生が足を踏み入れる瞬間を、世界中が見守っていた。

 

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