第006話

 

「……楽しかったなぁ」


 現実世界に帰ってきた。ヘッドギアを外し、天井をボーっと見ていたら口から言葉が漏れていた。


 過去の事件で、俺はFWOでパーティを組んでの攻略は極力しないと決めていた。


 運営に依頼された案件や、パーティを組まないと発生しないクエストを受けるためにパーティを組むことはある。だけどオフでFWOを純粋に楽しんでいる時は、まず誰かと一緒にやることはない。


 そんな俺が今日、久しぶりにパーティでボス戦をした。


 俺とエレーナはつい先ほど、最難関ダンジョンのボスを討伐して日本勢初の踏破者となったんだ。


 踏破者一覧に俺たちの名が刻まれた。


 先着100名までしか得られない栄誉。

 俺たちは世界で14組目の踏破者だった。


 ソロだと俺が一番だったから、エレーナと組まずにチャレンジを続けたかったという気持ちもある。一度パーティを組んでボスを討伐してしまうと、二度目は踏破者リストに名が残らない。この仕様、彼女は知らないんじゃないかな。


 でも、それでも良い。


 最後にFWO運営が意図するマルチでのプレイングで、このゲームを心から楽しむことができたんだから。



 俺はヘッドギアを棚に置き、一礼した。


「今まで、ありがとうございました」


 四刀流が使えなくなるアップデートが実施されるまで、まだ1週間ある。


 それでも俺は今日が辞め時だと思った。残り数日で、今日以上にFWOを楽しめる日が来ないような気がしたんだ。


 これで配信での収入が無くなっちゃうな……。

 視聴者さんたちにも事情を説明しなきゃ。


 幸い、高校での成績は悪くない。今から受験勉強すれば、なんとか地元の大学にも行けるだろう。


 動画配信だけじゃなく、編集も頑張ってきた。だからそっち系の専門学校に行くってのも良いかもな。趣味を仕事にできた方が、楽しく人生を過ごせそうだ。


 ただ本当に望んでいたのは、大好きな四刀流でFWOの世界を渡り歩きながらリアルでも生活していけることだった。


 四刀流の使い手が少ないから運営は廃止を決めてしまった。これに関しては、俺が力不足だったのかもしれない。運営だけのせいにするんじゃなく、もっと俺が四刀流プレーヤーを増やすためにできることはあったんじゃないか?


「今更後悔しても、もう遅いけどな……」


 自分自身が諦められるように呟くが、悔しさは消えない。


 3年以上遊んできたゲームができなくなる悲しみと後悔。それなりに稼げていた収入がなくなり、積もる将来への不安。楽しかったFWOの思い出。それらの様々な感情が入り交じり、涙となって溢れてきた。



「楽しかったよ。さよなら、ファーラムワールド」



 ──***──


 その日の夜、俺は両親にFWOと動画配信を辞めること。そして大学受験を考えていることを話した。


 両親は好きにして良いと言ってくれた。ふたりとも安堵した表情を見せていたから、やっぱり俺が動画配信でこれからも生活していこうとしていたことに不安を感じていたんだと思う。


 ちなみに俺は、配信で得られたお金を全てFWOの課金に使っていたわけではない。一部はちゃんと貯金していたんだ。大学の授業料は両親に出してもらわなきゃいけないが、4年間ひとり暮らしするための資金くらいはある。足りなくなりそうならバイトしよう。


 動画編集のアルバイトとかを探すのもありだな。


 それから俺は将来のことなどを両親と話し合い、自室に戻った。


 

「俺、明日から勉強がんばりまーす」


 部屋の窓から身を乗り出し、夜空を眺めながら宣言する。


 FWOの世界の夜は現実世界以上に煌めいていて綺麗だった。でもこの世界の夜空だって嫌いじゃない。


 初夏の生暖かい風が、この場がリアルであることを教えてくれる。


 あっちの夜風はなんていうか、嫌悪感がない。湿度が低い設定だったのかな?



「おっ。良い風」


 サラッとした、FWOの世界で浴びていた心地よい風が流れてきた。


 でもどうせあと1か月もしたら、じめじめとした日本らしい夏の風になっちゃうんだろーな。





【世界のアップデートを開始します】




「……は?」


 耳を疑った。


 ファーラムワールドオンラインにログイン中、度々聞いた運営からのアナウンス。それがヘッドギアをつけていないにも関わらず聞こえてきたんだ。



「──っ!? じ、地震!?」


 部屋が大きく揺れた。


 周囲の住宅から悲鳴が聞こえる。

 俺も慌てて机の下に身を隠した。



 少しして、揺れは収まった。



 俺の部屋はゲーム用のPCとモニター。それから高校の教材以外、ほとんど物がない。だから地震による被害はほとんどなかった。


 周りの家の様子を確認しようと、窓の外を見た時──


「な、なんだよ。あれって……」


 信じられないモノが目に入った。


 50階建てのビルより遥かに高い、見覚えのある形状の塔。


 ファーラムワールドオンラインの世界で各地にそびえるタワー型ダンジョン。それが俺の高校がある辺りに出現したんだ。


 意味が分からず唖然としていると、再びあのアナウンスが聞こえてきた。



【現実世界と、ファーラムワールドの同期が完了しました】

 

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