第003話

 

「ハヤテ! 今日こそ私と勝負しなさい!」


 あと少ししたら四刀流で遊べなくなってしまう。だったら今のうちに全力で遊んでおこうと、解放されているマップでは最難関のダンジョンにソロで潜っていた時、長い金髪を優雅になびかせる美少女キャラが話しかけてきた。


 彼女はエレーナと名乗っている。

 本名は東雲しののめ 玲奈れな


 四大財閥のひとつである東雲グループ総裁の娘。


 なんでそんなことを知っているかというと、ファーラムワールドオンラインの公式イベントで会ったことがあるからだ。


「いや俺、最近PVPはしてないから……」


 PVPってのはプレイヤー同士で戦うこと。FWOは基本的にダンジョン内で発生したモンスターを狩るゲームだけど、プレイヤー同士が認めた場合や、PVP専用エリアならプレイヤー同士で戦うことができる。


「アンタの事情なんて知らないわ。四刀流が使えなくなるんでしょ? 勝ち逃げなんて、絶対に認めないんだからね!」


 少し前まで、俺はPVPの日本ランキングで3位まで上り詰めていた。その頃にエレーナは何度も俺に挑んできたから、ランキングを上昇させるためのポイントになってもらうことが多かったんだ。


 エレーナはこの最難関ダンジョンにチャレンジできるくらいの実力者なんだけど、俺の四刀流とは相性が悪くPVPでは俺に勝てたことがない。


「何回やっても無駄だと思うけど」


「馬鹿にしないで! 前回の私とは違うってこと、見せてあげるから」


 俺にPVPの申請が送られてきた。


 最近はダンジョン踏破に忙しく、PVPのランキングはほとんど放置している。だからエレーナと戦う意味はない。


 戦いたくはないんだけど、拒否しても付きまとわれそうだ。残り少ない時間、俺はできるだけダンジョンを踏破したかった。


 さっさと倒してあげた方が諦めてくれるだろう。


「……わかった、一戦だけな。ルールはいつもと同じで良いか?」


「うん! 相手の武器を全部使用不能にするか、負けを認めさせたら勝ち。それから配信は無し──そうよね」


「あぁ。それで良い」


 俺はPVPをする時、公式戦でもなければ基本的に配信はしない。


 なるべく手の内を晒したくないからだ。それからエレーナの場合はリアルが女性プレイヤーであることを知られているので、配信でボコボコにすると女性視聴者さんが離れていく可能性がある。


 俺の動画の視聴登録をしているけどエレーナのファンって人もたくさんいる。そういった視聴者を逃さないためにも、PVPしてるところは配信していなかった。


「ほんとなら私がハヤテを倒すところ、みんなに見せたいのに」


「俺は見られたくないの」


 ちなみにエレーナも配信者だ。彼女はそんなことしなくても金には困らないと思うが、承認欲求ってやつかな。登録者はこの前60万人を突破していた。羨ましい。



 戦闘スタイルの相性で勝てるといっても、エレーナは楽な相手じゃない。


 ダンジョン攻略用の装備から、PVP用の最強武器に換装する。


「えっ、ちょっと待って。それって、黒竜グランデルヴァルドの」


「良く分かったね。この前やっと完成したんだ」


 PVPしなくなったと言っても、装備は作り続けている。ここのダンジョンに使えないだけで、他のダンジョン攻略では使える可能性があるのだから。


 俺が左右の手に装備したのは黒竜グランデルヴァルドの牙を使用した双剣。対人戦闘の武器としては現時点で最強クラスの攻撃力を誇る。めっちゃ苦労して作った。


 これは流石にビビらせすぎたか?


 まぁ、これを見て諦めてくれるならそれでいい。


「やっぱり戦うのやめとく?」


「な、舐めないでよね! 私だって、頑張って装備を作ってきたんだから」


 そう言いながらエレーナが武装を展開した。


「おぉ。ガンビット増やしたのか。前は2基だったよな。弓も新しい」


 彼女が使うのは大弓、それから4基のガンビット。


 大弓は超遠距離狙撃が可能で、かつ1発の攻撃力が大きい武器だ。狙撃系遠距離武器の弱点は連射性が低く、攻撃を外した時に隙ができやすいという問題がある。それを彼女はガンビットで対応している。


 装備者をオートで防御してくれるガンビットは1基あたり3,000万ゴルド。一方、俺の装備は全身で5,000万ゴルドくらい。素材を自分で調達し、自分で鍛冶スキルを上げて加工しているからこの程度で抑えられている。


「この子たちを見ても、まだ余裕そうね」


「ちょっとマズいかもって思ってる。でも、勝つのは俺だよ」


 普通に考えれば近距離武器の使い手が、4基ものガンビットを携えたエレーナに勝つことはできない。でもそれは、普通の近距離武器の使い手だった場合。


 俺には彼女に勝つ算段がある。



「こっちは、いつでもいいわ」


「……りょーかい」


 互いに距離をとり、PVPの準備ができた。



「それじゃ、いくぞ!」


 全力で踏み込み、エレーナ目掛けて突進する。


 ガンビットからレーザー弾が連射された。それを右に飛んで躱し、どうしても避けられない弾を左のマニピュレータに装備した機工剛力剣で弾いていく。


 そろそろ本命が来る。


 エレーナは大弓を引いていた。

 俺が足を止めれば撃ってくるだろう。


 彼女の大弓は、たった一射でドラゴンの半身を消滅させる威力がある。そんな攻撃、受けるなんて考えない方が良い。


 俺は左右に動きながら、少しずつ距離を詰めていった。



 そろそろ斬撃魔法を飛ばす射程圏に入りかけた時──


「っ!! マジか!?」


 ガンビットがエレーナのそばを離れ、俺に向かってきた。


 これまでにない射角からの攻撃で、回避のために身体を一瞬止めざるを得ない。


「そこ!!」


 俺の隙を見逃さず、エレーナが矢を放った。

 

 回避は間に合わない。

 俺はほぼ反射で身体を回転させた。

 

 とりあえず回っとけば4本のうちどれかの剣が攻撃を弾いてくれるだろうっていう半ば賭けのような防御。でも俺はこの方法で、多くの攻撃から身を守ってきた。


 特に回転って、直進してくる攻撃には強いんだ。



「う、うそでしょ!? あれを防いだの!?」


 俺は賭けに勝った。


 エレーナが放った渾身の一撃を見事に弾き飛ばすことに成功したんだ。それと同時に剣から斬撃魔法を周囲に飛ばしていたから、俺のそばに来ていたガンビットは4基とも撃ち落とせている。


 もう彼女を守るものはない。


「くっ!」


 再び突進する俺に向かって、エレーナが二の矢を構える。


 でも俺の方が早い。



 接近し、彼女の首元に剣を当てる。


「はい、俺のか──」


 勝利宣言しようとした時、強い危険を感じた。


 慌てて身を引くと、直前まで俺がいた場所にレーザー弾が撃ち込まれた。


「あっぶねぇ! エレーナ! ガンビット8はズルいだろ!!」


 俺が4基撃ち落としたはずなのに、彼女を守るように別の4基が浮遊していたんだ。


「誰もガンビットが4基しかないなんて言ってないわ」


 くぅぅ……。


 金持ちお嬢が人気配信者だと、普通は不可能じゃね? って思うような高級装備も平気で大量投入してくるからイラつくぞ。


 でも俺は4本の剣だけでPVP日本ランク3位まで登りつめたんだ。


 今更遠距離系武器に負けてたまるか!


 近距離武器でも遠距離武器相手に勝てるってこと。俺の四刀流が最強だってことを、改めて認めさせてやる!!


 もうPVPなんてこれが最後だろう。

 だから、とっておきを見せてあげる。



「ハヤテ式四刀流奥義 “おぼろ”」


「えっ。なんで、剣が…消えた?」


 剣が見えなくなるほどの超高速でマニピュレータを稼働させる技。コントロールをミスれば自分が大ダメージを負うか、剣と剣がぶつかり合って壊れてしまう。


 ただ剣を振り回すだけじゃできない。俺が構想してから修得まで1年以上かかった最強の防御技だ。


「エレーナ。君の矢を受けてあげる。撃ってきて良いよ」


 朧による防御には絶対の自信がある。

 ゆっくりと彼女に近づいていく。


「ふざけないで! さっきの倍の威力で撃つから!!」


 膨大なオーラがエレーナから発せられ、それが矢に収束していく。


 倍の威力で撃たれるってのは、ブラフじゃなさそうだ。



「これで、私の勝ちよ!!」


 限界まで絞られた弓から超高速で矢が放たれる。


 その矢を──



 俺の剣は弾き飛ばすことなく粉砕した。


 飛んできた矢を細切れにする超々高速で動き回っている剣。これに触れれば、どんな物質でもこうなってしまう。


「そ、そんな」


「これ一回発動させると、俺はどんな攻撃でも防げる。本当か気になるなら、試しにガンビットで攻撃してみても良いよ。その代わり、攻撃してきたガンビットはさっきの矢みたいに粉々にしちゃうけど」


 最強の防御はそのまま最強の攻撃に応用できる。


 朧を発動させたまま、敵に当たりに行けばいい。ダンジョンの堅牢な岩盤だって削れる強度の剣でそんな攻撃をすれば、耐えられる魔物やプレイヤーの装備は存在しないんだ。


 唯一の欠点は攻撃可能範囲が狭いことかな。まぁ、あの程度の速度で飛んでるガンビットぐらいなら余裕で追いついて破壊できる。



「どう? まだやる?」


「……ま、負けました」


 よほど悔しかったのか、エレーナは涙声で敗北宣言をした。

 

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