59話 30万の攻防戦 (9)


蚊神の頭は混乱と疑問で埋め尽くされていた。

目の前にいる怪しげな笑みを浮かべているこの男は俺の知っているヴェニスという好青年なんだろうか?


ヒビが入った窓ガラスを開けて上裸の男や娼婦と思わしき女性がヤジを飛ばす。


まるで違法賭博の地下格闘技場のように辺りは人で溢れていた。


馬車が通る道路の真ん中で睨み合っていたので通れなくてイライラしている商人が騎士団に走るのも見えていた。


ヴェニスは壊した瓦礫を自分の周辺に漂わせて蚊神の射程には決して入ろうとはしなかった。


蚊神は混乱する頭を抑えてヴェニスに尋ねる。


「……ヴェニスお前も誰かを人質に取られてるのか?ゲーテ……なあ!?ゲーテなんだろ?」


ヴェニスは目を下に背ける。


「君には関係ない」


蚊神は力点をといてヴェニスに近づくヴェニスも瓦礫を地面に置いた。


「協力しようゲーテは俺の友達でもあるんだ。どこに人質に取られてる?」


「……ここだ」


ヴェニスは上着の内ポケットから何かを取り出そうとしている。蚊神は近づいて確認しようとする。


その時だった。


ヴェニスは蚊神の顔面を殴りつける。

鼻から血が流れ蚊神の身体がふらつく。


「カハッ!」


ヴェニスは後ろポケットから小型のナイフを取り出すと蚊神の太ももめがけて突き刺す。


ッ!」


地面に置いていた瓦礫をまた浮かせて蚊神に連撃のように何度もぶつける。


「ごめん!今のはやりすぎたナイフは流石に一線超えてた」


ヴェニスは頭を下げて蚊神に謝る。

しかし蚊神の頭には彼の言葉は入らない。


蚊神は自分にのしかかった瓦礫を荒々しく退かすと自身の甘えを捨てた。


マンションから聞こえるヤジも道路を塞がれて怒鳴る商人の罵声も蚊神は頭から消し去った。



何もかも排除しろ。

今目の前にいるこの男は俺にとってただの敵だ。

情けをかけるな仲間だと思うな。

ただ殺せ。後悔するのはそれからだ。



「蚊神?」


蚊神は手をポキポキと鳴らすと力点を自分から切り離した。


その力点から翼が生えクチバシが出来て鳥のような形になった。


侵入鳥ステルスバード


それがこの黒鳥の名前だった。


蚊神はこの侵入鳥ステルスバードを空高く飛ばした。


「ファイル……」


言い終わる間も無く今度はヴェニスが動き出す。

指先に集点をしてマンションの壁を削りながら蚊神に向かって来る。


削った壁の破片を蚊神に向かってヴェニスの能力である魔動念力ポインターズ・ハイで飛ばす。


今度は蚊神はそれを避けながら後ろに下がっていく。


ヴェニスは蚊神と一定の距離を保ちながらも蚊神の探偵の職技ワークを使わせないように破片を飛ばして妨害した。



彼の職技ワークは言わせない限り発動しない。

まあでも発動したとして彼が持ってる俺に実害を与える武器は敵対者の手元エネミーガントレットぐらいだけどね。



しかしヴェニスは蚊神という男の戦闘経験の差というものを分かっていなかった。

優秀ではあるが死闘の経験は数える程度であるヴェニスと自身の能力を完全に理解し転移前から殺し合いをしてきた蚊神とは超えられない高い壁があった。


今までヴェニスが蚊神を侮っていたのは単純に蚊神自身が彼を本気で殺そうと思っていなかったからだ。


本気になった蚊神はヴェニスを殺すのにかかる時間はほんの数分であった。



ヴェニスの頭上から風を切る音がして突然、ヴェニスの左肩は粉々に砕かれた。


蚊神が飛ばした侵入鳥ステルスバードが空からヴェニスの肩を突進して貫いたのだ。


侵入鳥ステルスバードはそのままどこかに飛び去った。


ヴェニスは訳が分からず肩を抑えて混乱する。


「ファイルNo.5 オープン


ヴェニスは目を大きく開いたが一瞬、考えて内心ニヤリと笑った。



敵対者の手元エネミーガントレットは相手の敵対心の高さによって威力が変わる。

見誤ったな蚊神くん!

僕に君への敵意なんてこれっぽっちもないんだぜ?

くらったとしてもせいぜい普通の打撃ぐらい。

集点すれば大丈夫さ!!



しかしそれこそがヴェニスの完全なる油断と誤りであった。


蚊神が出したのはガントレットではなくメリケンサックであった。


ヴェニスの脳味噌がフリーズする。


復讐者の手元リベンジナックル


「え……なに…それ」


蚊神は復讐者の手元リベンジナックルを拳にはめる。するとメリケンサックはとてつもない力点ポイントを発生させる。


「お前がダールに売った武器だよ。この能力は……」


ヴェニスの脳内に説明が入ってくる。


"自分自身の敵対心で威力が上がる"


「や、やめ」


蚊神は復讐者の手元リベンジナックルをつけた方の拳に集点する。


「死ね」


ヴェニスの腹部に蚊神の拳が入る。

その衝撃と威力は凄まじくヴェニスは百メートルほど自身の身体が吹き飛ばされる。


ヴェニスの身体は通行止めにあっていた商人の馬車にぶつかり上空に吹き飛ばされるとそのまま地面にぶつかった。


蚊神はヴェニスの遺体を確かめようとゆっくりと歩いていった。


しかしヴェニスは血だらけの腕を伸ばし倒れながら何かを投げた。

いや投げたというよりは落とした。


「あれは転移門ワールドゲート


その小さな物体はどんどん大きくなり大きな扉へと変身した。


「こ、これへおはりは」


歯が折れ頭を激しく打っているのでヴェニスの言葉は支離滅裂になっており聞き取れなかった。


しかしヴェニスはまだ蚊神に一矢報いようとしていた。

転移門ワールドゲートから出てきたのはヴェニスの馬車にたくさん転がっていたガラクタの数々だった。


ヴェニスは座り込んで焦点の合っていない目で蚊神を見るとそのガラクタを浮かせた。


しかしヴェニスの思惑は意外な人物によって阻止された。


「こんの!たわけ猿が!!!!」


小さな身体を捻りオレンジ色の長い髪を振り回しながら出てきた少女がヴェニスの頭を叩いたのだ。


ヴェニスはその衝撃で倒れ込み気を失った。


「久しぶりだなゲーテ」


ゲーテはヴェニスのやられように驚きながらも当然の結果だと思って自分を納得させた。


「この阿呆の変態異常者が何かやったんだな?」


ゲーテはヴェニスを心配する気持ちが勝ったが蚊神の恐ろしい形相と深い怒りの目を見て挨拶もなくただ蚊神を見ていた。


「………」


蚊神は何も言わなかった。


「……あの空木くんこの馬鹿を病院に連れて行ってもいいかな?」


ゲーテは怯えながら尋ねた。


「結果次第だな」


蚊神はため息を吐きながらそう言った。


「結果次第?」


「この男のせいで俺が助けようとしていた人が酷い目に合っていたらこいつも同じ目にあわせた上で殺す」


「じゃ、じゃあそれまでこのまま?……ですか?」


「………クソッ!病院には俺も着いて行く。それが条件だ」


ゲーテの顔が明るくなる。


「わ、わかった!!」


蚊神は簡単に書いたセイレンの安否を確認する手紙を侵入鳥ステルスバードに括り付けてを久蛾がいる工場地帯跡地に飛ばした。


そして一人の商人を脅して馬車を走らせた。



ヴェニス・アントーニオ VS 蚊神空木の戦いは本気を出した蚊神の圧勝で終わった。


30万の攻防戦も終わりが近づいていた。









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