54話 30万の攻防戦 (4)
タマルは本部を出ると急いで近くに止まっている運送馬車に乗り込む。
「騎士団員さん。どこまで?」
「………あ」
タマルは頭を抑える。
セイレンは一体どこにいるか。
分からなかったからだ。
「工場地帯跡地まで」
それはタマルの勘であった。
しかしその勘は無意識かでタマルが論理的に弾き出した勘であった。
タマルは本部の二階に上がった時にふと見える工場地帯跡地に違和感を感じていた。
まるで間違い探しのように意識も残らないほどの違和感。
その違和感の正体が掴めないまま彼は無意識のうちにそう運転手に言っていたのだ。
「はいよー」
馬車は動き出した。
タマルは貧乏ゆすりをしながら外を見ていた。
窓から見える景色の移り変わりの遅さに苛立ちを隠せない。
そしてついに馬車は止まってしまったのだ。
「なんで止まるんだ!」
運転手は困った顔をして前方を指差す。
「だってよ。なんか喧嘩してんだぜ?マフィア関係だったらどうすんだよ。つい最近も一人運転手が殺されてるしさー」
タマルは席から身を乗り出してその喧嘩をみる。
そこには一人の黒髪の青年が大勢の敵と戦っている所だった。
黒髪の青年は所々いなくなりそして突然、現れるという行動を繰り返しながら一人、また一人と殺していった。
タマルはその黒髪の青年に心当たりがあった。
蚊神という男が医務室にいた時に迎えにきた男だ。
「頼む。進んでくれ!突っ切ってくれ!」
「ええ!?嫌ですよ!あんな危ない」
タマルは運転手に魔力銃を突きつける。
「すまない。命がかかっているんだ!早くしてくれ!」
「ひぃい!わ、わかりましたからそんなのおろして!」
運転手は愚痴を小さく言いながら猛スピードで馬車を走らせた。
タマルは窓を開けて身を乗り出した。
「おい!そこの!瞬間移動して馬車に乗れ!」
黒髪の青年──久蛾は大声で返した。
「わかった!!こっち見んな!」
なに言ってんだ?こいつ。と思いつつもタマルは言うことを聞いて窓を閉めた。
「あんた見たことあるな」
向かい側にはすでに久蛾の姿があった。
タマルは驚きつつもこの男が瞬間移動を使う事は医務室の時に分かっていた。
「え、お、お客さん!ちょ困りますよ!」
「俺はこのーーそうだ!タマル!タマルの友達だから」
「そういう事だ」
また運転手は嫌な顔をしながらさらにスピードを速くした。この場からすぐに逃げ出すために。
「俺は久蛾災路だ。この馬車はどこに向かってる?あんたは何をしに来た?」
「この馬車は工場地帯跡地に向かってる。そしてセイレンを助けにきた」
久蛾は足を組んだ。
「セイレンって人は人気だね。色んな男から助けられようとしてる。タマルは一人で助けようとしてたのか?──勇気あるな」
タマルは目をつぶって頭を横に振った。
「……俺に勇気なんてないさ。俺はセイレンが拉致られた現場にいたんだ。それなのにすぐに助けに行かなかった。怖かったんだ命令に逆らうのが仕事を失うのが」
「でも今、あんたはその怖さを乗り越えて好きな女を助けるために一人でマフィアの巣窟に乗り込もうとしてる──なあ勇気ってのは乗り越える事なんだよ」
タマルは頭を上げる。
そしてハッとしたことが二つ。
一つ目は久蛾からセイレンの事が好きな女だと言われたのになんの違和感も抵抗感もなかった事。
そして二つ目が勇気の意味であった。
「失う怖さを乗り越えたあんたは勇気ある人間だ。普通の人間じゃあ出来る事じゃねえよ──勇気ある人間は好きだ。俺がマフィアどもをぶっ飛ばしてやるからあんたはセイレンを救い出せよ」
「あ、ありがとう。クガさん」
「久蛾でいいよ」
久蛾はタマルに手を伸ばした。
「本当は俺の仲間が助けたいんだろうけど……まあしょうがねえな。早いもん勝ちだ──なあタマルこれが終わった一杯やろう」
「ああ。いい店を知ってる」
タマルは久蛾の手を握った。
馬の足が止まり砂埃が舞う。
久蛾とタマルは工場地帯跡地に到着した。
ベルルベットは工場の最上階で馬車を見下ろしていた。
頭の包帯を強く結び直して鎮痛剤を口に入れる。
最上階にはもう一人いた。
セイレンは腕と足を拘束されて目隠しをされていた。
なにも食べていないので空腹で苦しかった。
喉が渇いて唇は乾燥していた。
拘束された腕と足は血が止まっていて紫色になっていた。
最初の頃は恐怖で汗と震えが止まらなかったが今はとにかく音を立てずに秒数を数えていた。
何か考えないと気が狂ってしまうからだ。
「セイレン誰かが助けに来たぞ。だが残念ながらお前は殺す。交渉材料として有効だから生かしているがそれが済んだらすぐに殺す………ドラム缶いっぱいに入っているカミキリムシを想像してみろ」
セイレンは全身をガタガタと震わせる。
なにも聞きたくなかった。
「カミキリムシに噛まれると跡がついてそこから血が出るんだよ。俺さ試したいんだけどドラム缶いっぱいに入ったカミキリムシの中に人を入れたら全身真っ赤な人間が出来るのかな?血を拭いても全身に残った跡は二度と消えないかもね」
セイレンは懸命に動いてうつ伏せの体勢になった。
そしてできるだけ丸まろうとした。
ベルルベットは近くにあった空のドラム缶を引きずってセイレンに近づいた。
「やめて。お願いだからやめて!!なんでもするから!やめてよ!お願い!!」
セイレンは芋虫のように動いて逃げようとするが空腹と渇きで思うように動けない。
「お前の仲間が助けようと近づくたびに一センチずつドラム缶の中に入っていくの頭で想像してみろ」
「やだ!ねえ本当にやなの!なんでそんなことするの!!もうやめてよ!」
「なんでって嫌がらせに決まってんだろ」
ベルルベットはセイレンの近くにドラム缶を落とした。ドラム缶は大きな音を立てて横になった。
「キャぁぁあ!!」
セイレンは涙を流しながら気絶した。
ベルルベットはセイレンを見下ろしながら口元を押さえる。
「やっぱ面白いな人が嫌がる姿って痛みが引いてきたよ」
ベルルベットと久蛾との戦いはもうすぐそこまで近づいていた。
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