53話 30万の攻防戦 (3)


ウィーブはモンドールが住むマンションの前に立っていた。

地図にはわざわざ203号室と書いてあった。


ウィーブは今度は逆にゆっくりと一歩、一歩二階に続く階段を上がっていった。


カン、カンと自分の靴が階段に当たるのが聞こえる。マンションは静かで音もなかった。


どの住民も出てこないのでウィーブはここには誰も住んでいないんじゃないかと錯覚を起こすぐらいだった。


203号室のドアノブを触り慎重にひねると予想に反してドアはすんなりと開いた。


ウィーブは鞘から剣を引き抜きドアを開くと身体を捩じ込ませるように室内に入った。


部屋は綺麗で壁に貼ってある絵やイラスト付きのコップ。人形などから娘がいる家族の家だとウィーブは推測した。


ウィーブは部屋の真ん中に立つと椅子に身体を括り付けられて袋を被せられている女性を見つけた。


なぜウィーブが今まで気づかなかったかと言うとその女性がぴくりとも音を立てずに助けを呼ぶ声すらも出さなかったからだ。


「……セイレンか?」


ウィーブは袋を取らずに少し距離をとって尋ねた。

その女性は何も言わずに首を下に動かした。


この女性以外に人の気配はない。

それがウィーブの警戒心を高めた。


自分の息を吐く音以外は何も聞こえない。

柱に立てかけられている時計の針を動かす音がやけに響いてるように感じる。


ウィーブは袋を取ろうと女性に近づくがそこで異変に気づく。

足が重いのだ。まるでぬかるみにはまったかのように何かが足にベタつく感触がする。


ウィーブは力点を発生させた。

何も動かずにただ立っていると足がどんどん床の中に入っていった。


そして縛られている女性の椅子の脚も同様に床の中に沈んでいく。


ウィーブは足に集点をして女性を椅子がと持ち上げて袋を取る。


その女性は思ってよりも老けていて30代のように見えた。


その女性は布を口に詰め込まれており喋ることはできていなかった。


家の全て家具が床に沈んでいく時計も柱の中に入っていく。


「まずいな」


ウィーブが窓から脱出しようとするとそれを分かっていたみたいに窓ガラスが割れた。


割れた窓ガラスから出てきたのはドレッドヘアーの男だった。その男は片手で小さい女の子を持っておりウィーブと目が合うとその女の子をウィーブに投げつけた。


ウィーブは咄嗟に女の子を片手で掴んで胸に抱え込むように持った。


「……ッ!」


足は床に飲み込まれ両手には椅子に縛られた女性と小さい女の子。


ドレッドヘアーの男──スレッドはタバコをつけた。


スレッドの周りだけは床は普通だった。


「……悪いねムシノスの人。これが仕事だから」


「………かまわない俺も仕事だ」


ウィーブはスレッドから目を離すと今度は両手で抱えてる女性二人を見た。


「お前ら本当にセイレンか?嘘ついたら……殺す」


「ち、違うよ。私の名前はセイレンじゃないしママの名前もセイレンじゃない」


娘は涙目になりながら首を横に振った。


「………」


するとウィーブは手を離した。


「え!やだ!ねえ助けて!ママ!パパ!!」


「んー!んー!」


母娘は床に沈んでいく。


「あんた人じゃないね」


スレッドはタバコの火を消した。


「………今は自己満足をしている暇がない」


「母と娘を助ける事が自己満足かよ」


スレッドは笑い出した。


「何人殺してる思ってるんだ。今更、人助けに転職するわけないだろ?」


ウィーブは思いっきり跳んだ。

沈んでいた足が床から出てきた。


「……人の善意を信じよう作戦は失敗だな」


スレッドは力点を発生させた。


「人殺しにその作戦は愚策だろ」


ウィーブは剣を構える。


スレッドエンドとウィーブの戦いは静かに始まった。



イラーマリン騎士団本部ではタマルが頭を抱えていた。原因はもちろんセイレンの事だ。


セイレンを助け出そうとする自分と今の仕事を失い何もかも消え失せることを危惧する自分が戦っていた。


タマルは仕事が手につかず席を立って歩いたりそう思ったら突然、座り出して書類を見てみたりと落ち着きがなかった。


何度もセイレンを助けようと葛藤していたがそれはタマルにとって恐ろしい事だった。


自分には大事な仕事があったし何より今の職を失うことがタマルにとってそれがマフィアに殺される事よりも何より怖い事だった。


机をトントンと叩かれる音が聞こえてタマルは慌てて顔を上げる。


そこには中年太りをした騎士団員が何か箱を持って立っていた。


「これセイレンの机にあったけどお前のじゃないか?」


騎士団員は名刺を一枚、タマルの机に置いてすぐにどこかに行ってしまった。


「……名刺?」


確か特注で作った名刺は壊れてしまったので持っていなかったはずとタマルは首を傾げる。


その名刺は見た事がなかった。

タマルは名刺を持って裏側も確かめるとそこにはセイレンの字でメッセージが書かれていた。


「私のわがままで捜査を手伝ってもらったので、新しい名刺をプレゼントします!これからも一緒にたくさんの事件を解決しましょう!」


そして消されていたが消しが甘くうっすらと最後の方の文字が透けていた。


そこには「相棒より」と書かれていたのが分かった。


タマルは名刺を内ポケットに入れると立ち上がった。


弾薬式魔力銃を手に取って本部の外に向かう為、一歩、一歩足を進める。


本部の外に出ようとした時にビジール団長に呼び止められる。


「タマル。そんな物を持ってどこにいくつもりだ」


タマルはビジールの方を振り向いた。


「………セイレンを助けに」


「セイレンは辞表を出した──分かったな?お前は何もしなくていい。これは命令だ」


タマルはビジール団長の所に歩いて行くとビジール団長を睨む。


「ふざけるなよ!!自分の仲間一人助けられないで何が騎士団だ!何が騎士団員だよ!俺はセイレンを助けに行く!セイレンの……相棒として!」


「お前、分かってるのか?自分が何を言っているのか?もう21区にはいられないぞ」


「のぞむところだ」


そう言ってタマルは本部を後にした。



彼はイラーマリン騎士団としてではなく自分の信念を持って歩き出した。


イラーマリン騎士団に楯突いたタマルこそが本当の騎士道を持っていたのだ。


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