50話 "13〜21"


29日イラーマリン騎士団本部前にセイレンは腕を伸ばしながら出てきた。


セイレンの後ろには同じく腰を伸ばしているタマルの姿もあった。


「今日は疲れましたねー」


セイレンは振り向いてタマルに言った。


「そうだな。中々ヘビーだった」


タマルはセイレンの隣まで歩いて行く。


「……何か食いに行くか?」


タマルはセイレンから目を逸らして言った。


その時、本部前に馬車が一台止まった。


セイレンは思いのほか近くに止まったので後ろに下がった。


「そーですね。あんまり重いのは嫌ですね」


馬車の扉が勢いよく開く。

タマルは馬車から出てきたのが覆面の集団だったので慌ててセイレンの手を掴もうとする。


しかしセイレンは口を抑えられてすぐに馬車の中に連れ込まれてしまった。


「なにを!やめろ!」


タマルは覆面の一人を蹴る。

しかしもう一人の覆面に裏拳を顔面にくらう。


「ぐっ!」


タマルは倒れる。

蹴られた覆面はタマルの腹に一発、蹴りを返すと馬車に乗り込んだ。


「う、ま、待て!頼む!俺にしてくれ!その子はダメだ!」


鼻から血が出るのを手で抑えながらタマルは立ち上がり馬車の窓を叩く。


窓の中に見えたのは暴れるセイヘンを紐で縛る覆面の姿だった。


タマルは力点ポイントを発生させて窓を破ろうとする。

しかしそれに気づいた覆面の一人が魔力銃を取り出しすぐに発砲する。


タマルの肩に直撃し再びタマルは倒れ込む。

馬車はとてつもない速さでその場を後にする。


タマルは幸いに力点ポイントを発生させていたので傷は浅かった。


「クソッ!どうしてなんだ!だから俺はマフィアを追うのは反対だったんだ!」


タマルは地面を叩きながらうずくまった。



30日、13区ムシノスローン事務所。


ガールボーイは腕と足そして腰を紐で椅子に括り付けられていた。


腰につけられた紐がウィーブに殴られた脇腹に食い込んでガールボーイは短い悲鳴をあげながら目を覚ました。


そこにはフルミを除いた四人、久蛾、蚊神、アゲハにウィーブがガールボーイを囲んでいた。


「あらどうも。ムシノスローンのみなさん──ここの腰のところの紐ちょっと下げてくださらない?」


痛みで脂汗をかいているガールボーイは悟られないように言った。


久蛾は脇腹を軽く殴った。


「ぎっ!あはっ!」


ガールボーイは激しく動くが紐で固定されているので椅子をただ少し揺らすだけだった。


力点ポイントを発生させた瞬間が…」


久蛾はガールボーイの魔力銃を額に当てる。


「お前の最後だ」


ガールボーイは軽く頷いた。

苦しそうな顔をしているが男と女の両方の顔を持っているので皺がぐちゃぐちゃになっておりより一層、不気味さを増した。


「何が聞きたいの?別に私は何も話さないわ」


「話さない?話せないんだろ?お前はヨツメに洗脳されてるからな」


久蛾はうっすらと笑いながら言った。


「………洗脳なんかじゃないけど──じゃあ分かるわよね?拷問したって無駄ってことが!」


「拷問?そんなことしたら事務所が汚れるだろ」


久蛾は蚊神の方を見る。

蚊神は頷いて力点ポイントを発生させる。


力点ポイントは分離して窃盗猫ロブキャットが生まれる。


窃盗猫ロブキャットは縛られたガールボーイの膝に座ると丸まって寝始めた。


「え?なにこれ。なんなの?」


腕の一本、失うことを覚悟していたガールボーイは予想と全く違ったことに半ば唖然としていた。


「じゃあ私寝ますね?」


パジャマ姿のアゲハが手に枕を持ってソファに座る。


「……なあ久蛾、薬ねえか?塗り薬。足を撃たれちまった」


「ああ手前の棚の引き出しにあるよ」


ウィーブは塗り薬を取ると自分の椅子に座って足を机に乗っけて塗り始めた。


「え、ちょっと!なんなのよ!説明しなさいよ!」


ガールボーイは何もされないことに恐怖を感じ始めた。椅子を揺らして窃盗猫ロブキャットをどうにか落とそうとする。


「そう言えばウィーブ。フルミさんは?」


蚊神が自分の仕事椅子に座りながらウィーブに聞いた。


「こいつを連れてきた時に連絡鳥が来たよ。無事だそうだ」


ウィーブは指先でガールボーイを差しながら答えた。


「じゃあ平気か」


「ちょっと!ちょっとって!!」


ガールボーイはまた揺れながら大声を出す。

それにアゲハがついにキレた。


「うるせえよ!」


アゲハは枕をガールボーイの顔面に投げつけるとそのまま飛び蹴りをくらわせる。


倒れたガールボーイにアゲハは跨って顔面と腹を殴り続ける。


「ぐ、がは、!ちょっと誰か!助け…あ、イタ!」


「てかアゲハがソファだったら俺らまさか3階か?」


久蛾は嫌な顔をする。


「そうみたいですね」


蚊神も嫌な顔をする。


「あそこ鳥、臭えから嫌なんだよな。フルミが来るとピーピーうるせえし」


「まあ確かに。でも最初は嫌ですけどいずれ慣れるじゃないですか」


「まあそうだな」


ガールボーイは殴られながら何がなんだか分からなかった。

自分の声は何も聞こえてないのかと錯覚するぐらいだった。


ガールボーイが殴られているのに日常会話をする二人、薬を塗る人。猫も何も動じずに今度は足に乗っかっている。

そしていきなりキレ始めたこの女。


異常よ!……なんなんだよ!ここは!おい誰か俺を助けろ!


「おい!やめろよクソ女!」


アゲハは突然、声が低くなったガールボーイに驚いて殴るのをやめる。


「声が変!低くなった?」


血だらけの拳を少し舐めながらアゲハは立ち上がる。


「変なやつ。声が全く変わったな」


蚊神が真っ赤になった顔のガールボーイを覗きながら言った。


その時、一羽の連絡鳥がムシノスローンの窓を叩く。


久蛾が窓を開ける。


連絡鳥はソファに降り立つと羽を広げた。


「レンラク!レンラク!ベルルベットからレンラク!」


「きた!いいぞ教えてくれ!」


蚊神が言ったが連絡鳥は羽を広げたまま何も言わなかった。


「おい男女おとこおんな、お前が言え」


久蛾が魔力銃を向けながらガールボーイに言った。


「チッ!クソが。教えてほしい」


「セイレンは誘拐シタ。返シテ欲シケレバ21区マデ来イ。アト殺シ屋ハ開放シロ」


連絡鳥の後ろからもう一羽、今度は伝書鳩だった。

薬を塗り終わったウィーブが伝書鳩の足についた筒から地図を取り出す。


「セイレンっていうのは?」


ウィーブが地図を机に広げながら蚊神に尋ねた。


「情報提供者です。……まずい今すぐ助けないと」


「セイレンは誘拐シタ。返シテ欲シケレバ21区マデ来イ。アト殺シ屋ハ開放シロ」


もう一度、連絡鳥は同じ事を言うと伝書鳩と一緒に空に飛び立った。


蚊神と久蛾はウィーブの机に集まった。

手を洗ったアゲハも少し遅れてウィーブの机に来る。


「この赤い点がついている所か?」


点は三つ。

バアルリン総合病院、蚊神がダールと戦った工場地帯跡地、そしてモンドールのマンションだった。


「俺と蚊神とウィーブってことか?」


「えー私も行きたい!」


アゲハは手を上げる。


「人数は多いほど有利だ」


久蛾がすぐにアゲハの同行を許可した。


「よし!」


アゲハはガッツポーズをする。


「21区までは相当かかるぞ。今から行っても着くのは31日の昼頃か──馬車の中で寝るしかないか」


蚊神は当たり前のように久蛾がセイレンを助けるのに協力してくれることに胸が熱くなった。


「久蛾さん。アゲハ、そしてウィーブ本当にありがとう!」


蚊神は三人に頭を下げた。


「……別に。仕事ならやるさ」


「全然いいよ。受付だけじゃ刺激が足りないし」


久蛾は蚊神の肩を叩いた。


「さっさと助けてノクターンで一杯やろう」


「はい!」


蚊神は頭を上げる。


「おーーいお前ら。聞いてたよな?殺し屋は開放しろって言ってたぞ!早く俺を開放しろ」


「……分かったよ。素早く開放しないとな?空木」


久蛾は意味ありげに笑った。


「そうですね。すぐに・・・開放しましょう」


蚊神も意味がわかって笑い返した。


蚊神と久蛾は両方から椅子を掴むと力点ポイントを発生させた。


「え、ちょ何すんの!」


「「せーーの!」」


蚊神と久蛾は窓から思いっきり縛られたままのガールボーイを投げ出した。


「ひぃぃい!!こいつら本当にイカれてる!!」


投げ飛ばされたガールボーイは力点ポイントを発生したので命に別状はなかったが報復する事なく急いで13区を後にした。



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