38話 取り引き
「ふざけんな!この卑しい我利我利亡者め!」
ゲーテは
「……言ってなかった?」
ヴェニスはとぼける。
「手伝うって言ってたしそれにメルダ・マジェッタ・エルノビアが最後だとも言った!」
ゲーテは座り込んでそっぽを向いた。
「悪かったよゲーテ。すぐに終わらせるし……それにベルルベットくんには悪いけどガラクタを買い取って貰うからね」
ヴェニスは口元を上げる。
「何分で終わるの?」
ゲーテが長い前髪が顔にかかったまま上目遣いで尋ねた。
「んーじゃあ20分」
ヴェニスは人差し指と中指を上げる。
「…………もうお客さんはいないよね?」
「いないいない。誓ってもいいよ」
ゲーテは立ち上がる。
頭を下げながら移動しているのでお化けのようになっていた。
「15分で終わらせて。1週間しかないんだからね!」
「わかったよ」
ヴェニスは馬車を後にした。
21区 レストラン・ノクターンにスレッドとベルルが入店した。陽は少し傾き始めて夜が空からチラリと顔を出す。
「いらっしゃいませー」
若い女性店員がにっこり笑いながら言った。
ベルルとスレッドは近くの四人がけの席に座った。
「今から行くんだろ?」
スレッドはメニュー表を見ながらベルルに言った。
「ああそうだ。事前に連絡したし今から向かう」
「……じゃあ何で座ってんだ?」
ベルルは外を見る。
「待ってんだよ」
「何を?」
「金を」
「ふーん。あ!お姉さん注文いい?」
スレッドはミートスパゲッティとポテトを注文した。
すると窓の向こうに黒の鞄を二つ持ちながら歩いてくる女性がいた。
その女性がノクターンに入るとキョロキョロと辺りを見回している。
ベルルが少し手を上げる。
するとその女性がベルルに気づいて近づいてくる。
「ベルルベット様ですね?お届け物です」
そう言って女性は鞄を二つの机の下に置いた。
「ほらよ」
ベルルベットはスーツの内ポケットから錠剤のピースが入った小さな袋を取り出した。
「10ある。また頼むわ」
女性は飛びつくようにその袋を受け取ると走ってノクターンを後にした。
「やっぱり薬中はいいよな。扱いやすくて」
スレッドが鞄を見ながらつぶやいた。
「脳みそがもっと破壊されてくれればピースをあげなくても働いてくれるんだけどな」
ベルルは立ち上がり鞄を二つ待つ。
「スレッドまあ多分だが15分から20分程度で戻ってくる──そしたら飲みに行こう」
「お!いいね。ガブ飲みするかー」
ベルルはレジまで歩くと手に
すると黒色のカードが出てきてた。
その
その
階段を数歩、進むとと一階はもう見えなくなった。
さらに歩き一度、瞬きをすると壁紙が変化していた。
ベルルはチラッと後ろを見ると一階に繋がっていたはずが綺麗な女性の絵画が飾ってある壁に変わっていた。
そしてさっきまで聞こえなかった男の悔しがる声が二階から聞こえてきた。
ベルルが二階に着くと丸机に向かって恰幅のいい男三人が何か賭け事をしていた。
一人の男がベルルに気づいて慌てて席を立つ。
「ベルルベットさん」
他の二人も席を立つ。
先に立った一人はベルルが持っていた黒い鞄を預かった。
そこは小さな部屋になっており趣味のいい絵画が一点あって観葉植物が置いてあった。
扉には金色で21とマークがあった。
先ほどベルルがあがった階段は消えて壁になっておりベルルの後ろにあった綺麗な女性の絵画が飾ってあった。
「今日は
鞄を持った男がベルルに尋ねた。
「いや
「わかりました」
後の男二人が扉の前に立ち目を閉じる。
片方の男が目を開ける。
「確かにありました。今お繋ぎします」
もう一人が目を開ける。
「繋ぎました──どうぞ」
鞄をベルルに返す。
恰幅のいい男が扉を開ける。
「どうもベルルベットさん。初めましてヴェニスと言います。よろしく」
ヴェニスは手を差し出す。
扉はなぜか自動的にしまった。
「こちらこそよろしくヴェニスさん。連絡鳥の快いご返事、感謝します」
「いえいえ。取り引きですから」
ヴェニスはベルルを席に案内する。
ベルルが座ろうとすると勝手に椅子が引かれる。
ベルルは椅子の両隣に鞄を置いた。
「……」
ベルルは黙って椅子に腰を下ろした。
「……それで…」
「何か飲みます?」
ベルルが話そうとするのを遮る。
「いや大丈夫です。ありがとう」
「じゃあ僕もいいや」
ヴェニスも向かい側の席に座った。
「120万の話ですよね?」
「ええそうです」
「確か
ベルルは眉をひそめる。
「チールではなくダールですね。それに返してほしいのではなくあなたが言った取り引きをしようって話でしょ?」
「チールじゃなくてダール?ここにいるノクターンスタッフはチールって言ったけど?」
ベルルは貧乏ゆすりをしようとしてすぐにやめる。
「おそらくですが父親か叔父か分かりませんがその人達が
「あーそうなんだ。そういえばチーじゃなくてダール・ドッコイくんは蚊神をちゃんと殺せたのかな?」
「その話、取り引きと関係あります?」
「知ってるなら聞きたいな」
ベルルはあからさまにため息をついた。
「死んでないと思うな」
「どうして?」
「まだ聞きたいですか?」
ヴェニスは頷く。
「もちろん蚊神空木は僕の友達だからね」
「………」
ベルルはそこでこのヴェニスという男に疑惑が浮かんだ。
繋がってるな。ダールと戦っていたカガミとい男…名前的に転移者か転生者だがそのカガミを友達と言ったのか?だとしたらなぜ友達を殺そうとしてるダールに武器を売ったんだ?
もしこのヴェニスとカガミという男がグルだとしたら……
「ダールは左足首を包帯で巻かれてるだけの簡単な処置だったが俺が医務室に入った時に見た使われていた包帯の数と全く合致しなかった。それで21区の団長に聞くと罪状は器物損壊とか言ってた。ヴェニスさんの友達を殺してたらまず出てくるのは殺人罪だろ」
「はあーなんだよかったー」
「今度は俺が質問していいか?」
「いいよ」
「なぜ友達を殺そうとしてる奴に武器を売った?まさか友達を殺そうとしてるなんて知らなかったとかか?」
ヴェニスはにっこり笑って首を横にふる。
「だって恨まれたいだろ?」
「は?」
ヴェニスは聞き取れないと思ったのかもう一度言った。
「違くて何で恨まれたいのか聞きたいんだが」
ヴェニスは考え始める。
「僕と蚊神は3年前に会って友達になった。僕は彼に役立つ武器を
「それで?」
「大富豪が八百屋とか薬屋とかで万引きするのはなぜか知ってるかい?」
ヴェニスは突然、訳のわからないことを言い始めた。
「知らないがそれがどうした?」
「なぜ万引きをするのかそれはスリルを楽しんでるんだ。スリルをね。地位も名誉も金も何一つ不自由がないけどそういう人達はスリルを求めちゃうんだ」
「俺の質問に……」
ベルルは
「わかってるよ質問ね。僕は人に恨まれたいんだ。その恨まれる人が自分にとって大事な人ほどいい関係を築いていればいるほどそれが壊れていくあの喪失感の快感!!震えるよ!そうしたんだ!僕はあの快感を得たいんだ!」
ベルルはまた話を遮られた怒りがすぐに萎んでいく疑惑も同様に無くなっていく。
「そんなことしたらヴェニスさんあんたの周りには誰もいなくなるじゃないか」
ヴェニスは人差し指を振る。
「僕は恨まれたいけど憎まれたくないんだ。喪失感は得たいけど孤独感は欲しくないんだ。憎まれるほんの手前。友情関係が崩壊寸前のちょうど手前!それが肝心なんだ引き際が大事なんだよ」
「……理解に苦しむな」
「そうかい?今まで自分を信用していた人がまさかこんな人だったなんてって思うあの表情と今後を思うと──あーー!いいんだ!鳥肌が立って膝が震えるんだよ!」
ベルルは思い出して快楽に浸るヴェニスの表情を見て少し見方が変わった。
第一印象は真面目で頭のいい青年だったのが今では完全に異常者に変わった。
「もういい。早く取り引きを済ませよう」
「いいよ。僕も怒られちゃうしとりあえず300万でこのガラクタ買ってよ」
ヴェニスは能力でクローゼットを開けて中からたくさんのガラクタが浮かんで机に置かれた。
ベルルの目に怒りが湧く。舐められてると馬鹿にされてると心の奥底で声がする。
「テメェ……」
ベルルがヴェニスを睨む。
しかしヴェニスを見た瞬間にベルルの怒りはまるで波が引くようにさっと消えた。
ヴェニスは満面の笑みを浮かべていた。
「今の話をしたのもガラクタを渡したのも君が怒るのを見るためだよ。いい目で睨むね」
「チッ」
ベルルはガラクタを触っていくするとガラクタが三つに分かれる。
ベルルは片っぽの方の鞄を開けて札束を取り出していく。一つの鞄じゃ足りなくなったのでもう一つかも取る。
ちょうど300万の札束を机に置いた。
「いい取り引きだったよ」
ベルルは真顔で言った。
そしてガラクタにコピーしたガラクタが戻って破壊される。
「おーそういう能力か」
そのバラバラに壊れた部品をさっき札束が入っていた鞄に詰め込む。
こういう奴にはなんの話も通じない。
脅しも何もかも意味がない。
だとしたらさっさと帰るに限る。
鞄を二つ持ってベルルは部屋の扉に向かう。
「じゃあヴェニスさん……もう会うことは二度とないと思うけど」
「蚊神に会ったらよろしくって言っておいて」
「俺はカガミって男を知らねえ」
ベルルはノクターンを後にした。
深夜、運転手が飲んでいた酒場にベルルとスレッドはいた。
「ふーそういえばブリアンは?」
スレッドは酒を飲みながらベルルに尋ねた。
「ほら前言ってただろ。
ベルルは十杯目の酒を飲み干す。
「今日は飲むな。ベルル」
「なんか変な気分になったぜ今日は。怒るとか悲しいとかじゃないけどな。寒気かな?」
「そんな変な奴だったのか」
「ああ。人は見かけによらないってのをまた実感した感じがするわ」
またベルルは酒を飲んでアヒージョやらポテトを食べる。
「それはあるよな。どうする?ブリアンが実は本当に貴婦人でしたーとかよ。あり得るぜ?」
スレッドがおちゃらけで言うとベルルは少し笑った。
「あり得ねえよ。俺が会った中で一番やばいのはブリアンだからな。根がやばいんだ根がよ。あれが貴婦人なわけあるか」
「確かに。しかも本当の貴婦人は自分のこと貴婦人って呼んでって言わねえからな」
その後もベルルとスレッドは飲み続けて酒場を後にした。
スレッドはベロンベロンに酔っ払って建物の壁に寄りかかって寝始めた。
ベルルはスレッドのポケットからタバコをくすねた。
「酒飲むと吸いたくなるな」
ベルルはタバコに火をつける。
すると一羽の連絡鳥がベルルの前に止まった。
「なんだ」
連絡鳥は羽を広げた。
「レンラク!レンラク!モンドールからレンラク」
「なんだと教えろ」
「検視官ノセイレンがアナタノ事ヲ調ベテイマス。気ヲツケテ」
「わかったもう行っていいぞ」
連絡鳥は飛び立った。
「……セイレンあー知らねえな。検視官?あークソッ酒入ってて全く頭が働かねえ……明日でいいか」
そう言ってベルルはタバコを吸って煙を吐く。
その煙は冬の冷たさに同化して空に消えていった。
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