37話 不審の種 (2)


タマルは書類保管庫の扉を閉めて鍵を閉める。

セイレンは椅子に座りながら反省していた。


「それで昨日会っただけの蚊神が危険かどうか知りたいがために単刀直入にモンドールさんに聞いたと」


「はい。その通りです」


セイレンは椅子の足の部分を爪で削りながら答えた。


「全くわかってるのか?一番危険なのは君なんだよ。モンドールさんがもし昨日ベルルベットと会っていてそれで殺されてないのだとしたらベルルベットの奴隷になっているか。妻や子を人質に取られて脅されてるかだ」


タマルは腕を組んで机の周りを行ったり来たりしていた。


「でも……せめて蚊神さんが無事かどうかだけでも、それに教えてあげれば蚊神さんは対策できますし」


タマルはため息をついた。


「はあ。なんでそんなに蚊神を助けたい?昨日会ったばかりだろ?」


「なんでって……」


そこでセイレンは黙り込む。

そして昨日のことを思う。


腕に包帯を巻くと痛そうにする蚊神の顔。

自分が捕まってるのに余裕そうな態度。

なんでなんだろう。ずっとずーと真面目な人が好きだった。でも蚊神さんのあの雰囲気。


医務室が私の人生だとすると蚊神さんは棚に隠したお酒って感じがする。

私の人生のスパイスでバレたくなくてでもそれがないと退屈で疲れちゃうような……刺激?なのかな?


もっと仲良くなってその刺激を十分に味わいたいのかも底に残った一滴の水滴までも。

あとかっこいいし。


「……分からないです。なんで助けたいのか。言葉で表現することが難しいですね、でも助けたいんです」


タマルは向かい側の椅子を引いて腰を下ろす。


「……一目惚れってやつか?」


「え!?一目惚れ?」


どうなんだろ。これがそうなのかな?

でも今は好きかどうか分からないな気になるって感じかな。

木の上にある大きな果物みたいにそれがなんなのか知りたいんだ。蚊神空木って人をよく知りたい。


「うーんどうなんでしょうか。まだその段階じゃないような気もしますけど」


タマルは長机を指で叩く。


「まあ俺は反対だな。危険すぎるよ全てね。俺はもうこの件から手を引こうかと思ってるんだ。最初は興味本位だったがその興味よりも危険がうわまってしまった」


古い紙の匂いがセイレンの鼻口をくすぐる。


「だったら私一人でやりますよ。タマルさんの力は借りません」


タマルは慌て始める。


「ま、待ってくれよ。ダメだよ俺が止めてる理由は君が危険な目にあうからなんだ。それに蚊神の居場所すら分からないじゃないか」


そう言ってタマルはダールの押収品を持ち供述調書をしまい始める。


セイレンはその動作に違和感を覚える。


なんで最初に押収品を持ったんだろ?

先に袋に入った押収品を持ったらプリントをまとめるのも面倒になるし片手がふさがってるし……まさか。


「タマルさん──まさか蚊神さんの居場所に見当がついてるんじゃないですか?」


タマルは一瞬、動きを止める。


「いや知らない」


セイレンは立ち上がってタマルの前まで行き目を合わせようとする。


「こっち見てください!」


タマルとセイレンは目を合わせる。


「蚊神さんがどこにいるか知ってますね?」


「だから知らない」


タマルは目を右にそらして押収品を強く持ち直した。


「そのダールさんの押収品の中身見せてください」


「な、べ、別に何もない」


セイレンは少し呆れる。


男の人ってなんでこんなに嘘が下手なのかしら


「わかりました。諦めますよ」


「本当か?」


タマルの手が一瞬ゆるんだ隙にセイレンは押収品を奪う。


「あ、ダメだ!」


セイレンは押収品を胸に抱えながら走り始めた。


「キャ〜」


「こら!」


タマルも慌てて追いかける。


セイレンは走りながら袋を開けるすると一枚の汚いチラシが出てきた。

ぐちゃぐちゃになっており先端は折れていたがムシノスローンと書いてあった。


「これだ!ムシノスローンに蚊神さんはいる!」


セイレンは立ち止まった。

タマルはおでこを抑えてため息をついた。


「……もう止めても無理か。だけどそのチラシにはムシノスローンの場所が書いてないし何区かも分からないぞ」


セイレンは久しぶりに走って息が上がったので整え始める。


「同じ手紙を10枚書いて10羽の伝書鳩に20区から11区でムシノスローンあてに飛ばせば1羽は止まり木に止まるはず」


「それだと丸一日かかるぞ」


セイレンは頷く。


「やる価値はありますよ。21区にムシノスローンなんていうお金貸し?なんてありませんし22区だったらそもそもベルルベットは手出しできませんからね。他の20から11区の中だったら明日、明後日でベルルベットの手が回るとは思いません」


タマルは手で顔を拭く動作をすると目をつぶって考え始める。


「10羽の伝書鳩のツテはあるのか?」


セイレンは首を横に振る。


「……ない、です」


タマルは大きなため息を吐く。


「本部なら伝書鳩10羽ぐらいいるだろうな──決行するなら夜だな。夜勤の騎士団員しかいなくなったら始めた方が良さそうだ」


セイレンは目を輝かせる。


「まさか一緒にやってくれるんですか!?」


「1人じゃ危ないからな」


セイレンは満面の笑顔になる。


「ありがとう!ございます!」




深夜、本部の前で集合したタマルとセイレンは暗くなったオフィスルームを通ってちょっとした塔に登った。


塔の最上階には鳥使いバードテイマーが一人で番人をしていた。


その鳥使いバードテイマーは別室で布団に入ってイビキをかいていた。


セイレンがゆっくり扉を開ける。


「やっぱりいませんね」


「お年寄りだからな」


セイレンとタマルは小声で話す。


鶏小屋になっており伝書鳩や連絡鳥が止まり木に止まって目をつぶっていた。


「手紙は書いてきたか?」


セイレンはなぜか前屈みになりながら頷く。


タマルは手を震わせながら伝書鳩の鳥籠を開ける。


「よし」


伝書鳩の足についた筒に手紙を丸めていれる。

またタマルは窓を開けると伝書鳩の頭を触って力点ポイントを入れる。


「20区 ムシノスローン 帰巣先 ここ。※速達便」


※伝書鳩に出した手紙の行方


場所を指定して速達便にすると仮に手紙が届けられなくても一定時間が過ぎるとその場所に手紙を落として飛び去る。


往復便にすると速達便よりも三倍以上その場で待って仮に手紙が届けられなかった場合その手紙を持って帰る。



伝書鳩は頭を振ってタマルの手をどかす。

そして闇夜に飛び立った。

同じことを後9羽続けてやった。


「タマルさん帰巣先ここにしたらバレるんじゃないですか?」


セイレンが小声で言った。


「大丈夫だ。ここの爺さん伝書鳩の管理してないから誰が使ったかも覚えてないしそれに帰ってきたら巣の中にちゃんと帰るから平気……だと思う」


「手紙はバレますよ!」


「平気だ平気。これ裏技があるんだ場所がわからないのに速達便にすると鳩が勝手に捨てちゃうんだ」


セイレンは口を開けて頷く。


「よし出よう!」


タマルが扉を開けるとセイレンは後ろに視線を感じて階段を急いでくだる。


「急げ急げ」


タマルも後ろから走ってついてくる。



モンドールはセイレンとタマルが階段を下り切ったのを見てゆっくり扉を開けた。


「……」


鳥籠はバラバラに設置されているのでモンドールはタマルとセイレンが連絡鳥か伝書鳩、そして何羽使ったのかも分からなかった。


モンドールは手前にある鳥籠を開けて連絡鳥の頭を触り力点ポイントを流す。


「検視官のセイレンがあなたの事を調べています。気をつけて」


すると連絡鳥は目を開けて鳥籠を出てベルルベットの元に向かった。


「こうするしかないんだ。俺は悪くない仕方ないんだ」


モンドールは独り言をぶつぶつと言うと塔を後にした。


闇夜の空に十一羽の鳩が風を切ってそれぞれの場所に向かった。


鳩たちは手紙や言葉に隠れた思惑など考えもしなかった。

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