34話 大魔女の注文 (1)


ノクターンのH・VIPハイ・ビップフロアの専用個室でヴェニスは顧客と向き合っていた。


基本的にVIPビップ以上からは区ごとに分かれてはいないのだが会員メンバーは区によって番号が書かれているのでVIPビップだろうがH・VIPハイ・ビップだろうがどこから登録したかは分かってしまう。


そして今回、ヴェニスが向き合っている顧客の登録番号はフォースつまり4区にいるリッチガーデンの住人という事だ。


年齢は60代前半、性別は女性で髪はコンクリートのような灰色で髪は長いがふっくらとしており毛量が多かった。その女性の行動、言動、仕草なにもかもが生まれながらにして大人としての上品さを醸し出しておりそれは時折、威圧感と底知れない恐怖すら感じた。


なぜ恐怖を感じるのか。

それは二点ある。

まずその女性が持っている魔法の杖であった。

先端にルビーのような真紅の宝石その周りに浮かぶ無数の小さな真珠。その魔法の杖から溢れ出る力点ポイントが彼女がいかに只者ではないかを理解するのに十分であった。


そしてあと一点が女性の後ろに二体・・いる従者だった。

それは上半身から下半身はホテルマンのような格好をしており普通なのだが問題は顔にあった。


顔は立体の四角形で上半身から少し浮いていた。


カチャカチャとルービックキューブのように小さなブロックが動き赤や青、黄色の様々な色彩のブロックが変化するのもそれが異形のものである事を助長させた。


女性の名前は、メルダ・マジェッタ・エルノビア。


4区 魔法魔術都市 ジルアスカンの名門校、王立エルノビア魔法魔術学園の五代目校長でありイマーゴ十三席円卓会議の天秤座マーリンの席についている。


王から直々に侯爵マーキスの称号を授かっており権力は4区全域に及ぶ。


そんなメルダを前にしてヴェニスは大きな深呼吸を二度した。


U・VIPウルトラ・ビップではなくて申し訳ございません」


ノクターンにはクラスによってフロアが変わっている。


"ナンバーフロア"

会員メンバーが区に登録した番号のフロア。



VIPビップフロア"

区の大物や金持ち、それかVIPビップ会員の招待があれば入れるフロア



H・VIPハイ・ビップフロア"

富豪やリッチガーデン以上の区の重要人物またはその紹介で入れるフロア



U・VIPウルトラ・ビップ

王族や政界、経済界の大物などが入れるフロア



簡単に説明するとこんな区切りでフロアが分かれているのだ。


「かまいません」


それだけ言うとメルダは自身が座ってるまるで玉座のような椅子の肘掛けに手を置いた。


メルダが座っている椅子は浮いていて椅子にとって必要な足の部分がなく絨毯のような生地で出来た布で隠れていた。そしてメルダの意思で動いているようだった。


「それでですね。……私をH・VIPハイビップに招待してくださりありがとうございます」


ヴェニスは軽く頭を下げる。


「本題に入りましょう」


「わかりました。それではどのような商品がご所望で?」


力点ポイントを増幅する指輪をあと3つ。それに空間移転盤を5つお願いできます?」


カチャカチャ、従者のブロックが入れ替わる。


「早急にお作りします。それでお値段なんですが…」


「いくら?」


メルダは杖を片手に持ったまま悠然としている。


「2100万ほど」


コン


メルダが杖で地面を一度叩く。


「ガッぐるぐる」


従者の一人が手を前に出す。


「ぐるぐるぐるぐる」


肩が異様にうごめき始める。

そのうごめく何かが腕を伝って前に出していた手に移動する。


「ぐるぐる……バッ!」


従者の黒い手袋の中指と薬指の間がヌルヌルと割れていく。

そしてうごめいていたものが判明する。


それは小さな皮で出来たキャリーケースだった。


そのキャリーケースが手の中から吐き出されテーブルの真ん中に綺麗にピタリと置かれた。


「バッ!バッ!うっバッ!」


従者は腕を下げてどこから出しているか分からない声を出し続けていた。


キャリーケースがどんどん元の大きさに戻っていく。


そして完全にキャリーケースが元に戻るとヴェニスはキャリーケースを開けた。


そこには綺麗に並べられた。

100万Gの札束が21束並べられていた。


「どうして金額がわかったのですか?」


ヴェニスは薄く口角が上がったメルダの顔を見ながら恐る恐る尋ねた。


「前回、1つずつ同じ物を注文した時の値段を3倍、5倍にしただけです」


「あ、あーそういう」


メルダは杖を二回、地面に叩く。


もう一人の従者が先ほどの従者と同じことをする。


出てきたものも先ほどと同じキャリーケースだった。


「……あのこれは」


「もし貴方が正規の値段ではなく多く見積もっていたのならそちらのキャリーケースをお渡ししていました」


キャリーケースは何かが入っており時折、動いたり何かの悲鳴が聞こえてきた。


「こ、これは?」


ヴェニスは脇と鼻に汗をかきながら尋ねた。


メルダはヴェニスを玩具のように見つめながらゆっくりと口角を上げる。


「開いてからのお楽しみです」


ヴェニスは唾を飲み込む。


「1週間後にまた来ます」


「え?1週間!?ですか?」


メルダは動き始めた自身の玉座を止める。

そしてゆっくりとヴェニスの方向に向き直す。


「1週間です。出来なければそこにあるキャリーケースを開きます。今度は貴方が入る番かも知れませんね」


「クックック」「ブルブルブル」


二体の従者は肩だけを揺らして笑う。


メルダは人差し指に少量の力点ポイントを発生させると金色に光るカードが出てきた。


そのカードを投げるとカードが空中で縦向きに変わりどんどん大きくなっていった。


そして金色のドアに変身した。

ドアには黒く4と表記してあった。


「それではお願いしますね」


メルダとその従者はドアの向こうに消えていった。


残されたヴェニスは大きく息を吐くとそのまま地面に座り込む。


「ふー危なかった。何が地雷か分かんないからな」


冷蔵庫がいきなり開いて冷えたワインと氷そして棚からグラスが浮いて動いてキャリーケースの横に置かれた。


「少しだけ飲もうかな」


ワインボトルが浮いてグラスに紫色の液体を流し始める。


テーブルには二つのキャリーケースが置かれていた。


2100万が入ったキャリーケースと遠くから聞こえる悲鳴と内側から叩く音がするキャリーケース。


ヴェニスは悲鳴がするキャリーケースに耳を近づける。


悲鳴はちょうど何を言ってるかわからないほど遠くから聞こえていた。


ヴェニスはさらに耳を近づけてほとんどキャリーケースにくっついていた。


すると突然、悲鳴がなくなり明瞭な声が聞こえてきた。


「私の地雷を教えてあげましょうか?」


その声はメルダ・マジェッタ・エルノビアその人だった。


ヴェニスはキャリーケースから耳を離して尻餅をつく椅子が倒れる。


キャリーケースの悲鳴は笑い声に変わっていた。




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