33話 それぞれの仕事 (4)
21区のレンガで作られたマンションの203号室に三人の家族が住んでた。
夫は検問官や警護をしながら日々仕事をしていて雑誌で見たワイルドな男性特集に影響されて髭を生やし始めた。
妻は節約上手で夫の給料で生活していたが娘の学費では今の生活が揺らいでしまうので自分もどこかで働こうか迷っていた。
娘は今日、公園で作った砂のお城と自分の母親をクレヨンでお絵描きしていた。
「みんなご飯できましたよー」
「はーい」
娘はクレヨンを投げて椅子に飛び乗る。
「おーやっとか」
夫は髭を触りながらあまり誰からも髭に関して言われない事を不満に思っていた。
「今日は寒いからシチューね」
妻はエプロンで手についた水を拭きながらサラダをよそった。
夫はシチューの鍋を持ち上げてテーブルの中央に置いた。
「なあママあのさ」
夫は娘が出来てから自分が妻のことをママと呼んでる事を少し頭の片隅に気づきながら鞄から20万の札束が入った封筒を渡した。
「…何これ。まさか怪しいお金じゃないでしょうね?」
妻は茶化しながらもその封筒に入った金額を見て目を丸くする。
「違うよボーナスが入ったんだ。それに俺、昇給するんだよ」
夫は照れ隠しで頭を擦った。
「……あれだよ。だからママは働かなくても平気だからよ──言いたいこと分かるだろ?」
妻は封筒を胸に抱きながら父親の頬にキスをする。
「キャー。パパとママ、チューした!」
妻は夫の腕に自分の腕を絡ませた。
「パパとママはラブラブだからね!」
「もうほら!早くメシ食おうぜ?」
少し頬を赤くした夫が妻の腕をどかして席につく。
「もう照れちゃって──じゃあ食べよっか」
妻と夫そして娘は手を合わせて「いただきます」をして食べ始めようとした瞬間だった。
ドンドンドン。
ドアを叩く音が部屋を包む。
「誰かしら?」
妻は立ち上がってドアの方に向かう。
夫は「まさかな」と思いながらも食べずにドアを叩いた人物が誰か見ようとしていた。
妻がドアを開けた瞬間、バン!と大きな音がしてドアが完全に開かれる。
「キャっ!」
妻は無意識に後ろに下がる。
「家族団欒中ごめんねー」
スレッドが部屋の中に入って行く。
「おいお前がエプロンに入れてるそれなんだよ」
ベルルがエプロンの前ポケットに手を入れる。
「やめてください」
妻がベルルの腕を掴む。
「手荒な事はしないでくれ!」
スレッドがシチューの鍋に入っていたおたまを夫の手のひらに当たる。
「あちっ!」
赤くなった手のひらを抑える。
「お前のせいでこうなってんのによく言うぜ」
スレッドはそのままシチューをよそってお皿に入れた。
ベルルがエプロンから封筒を奪う。
「そ、それは」
取り返そうとする妻の腕をブリアンが優しく掴む。
「あのーワタクシお家に入れてなくて寒いんですけれども」
「え?いや入らないでくださいよ」
「ひどい事言いますわね。凍死してしまいますわ!」
ブリアンは妻の袖を引っ張り外に出してその勢いで自分は家の中に入る。
「ちょ、ちょっと!!」
「あなたお声が大きいから嫌ですわ」
ブリアンは妻を外に出したままドアを閉めた。
「あっ」
ガチャン
ブリアンはしっかりドアにロックをした。
スレッドはシチューにパンをつけながら食事を始める。
娘は不思議そうに食べ始めるスレッドを見ていた。
「20万ちょうどあるな。これ悪いけどファミリーの金だから返してもらうぞ」
「わ、わかりました。もういいでしょ?」
父親は娘の頭を抑えながら答える。
「……お前21区と22区の検問官やってんだろ?」
「あ、ああ。それがなんです?」
「今日からお前は
夫の歯がガチガチと音を立てる。
「俺の命令は絶対。バレたら自分から死を選べ──わかったな?」
「……わかった。
スレッドはシチューを平らげてまたシチューをよそう。
「おい。なに本格的にメシ食ってんだ。行くぞ」
「うまいんだよ結構な」
「………そのシチューの鍋捨てろ」
ベルルがスレッドに向けて言う。
「なんでだよ」
「嫌がらせ」
スレッドは満面の笑みになる。
「そういうのいいね!」
スレッドは鍋を両手で持って思いっきり床にこぼす。
シチューの鍋は床にドロドロと流れる。
湯気が舞う。
「あーシチューが!」
娘が悲しそうな声を出す。
「……もったいない」
夫が鍋を元に戻す。
「そういえばお前なんて名前なんだ」
ベルルが夫に尋ねる。
「……モンドール」
「じゃあなモンドール。スレッド──サラダの器もぶちまけろ」
ベルルがドアを開ける。
スレッドはサラダの器を片手で持って床に投げつける。
器が割れて床にこぼれたシチューと混ざり合う。
「じゃあな。モンドールさんいい食事を」
スレッドはシチューが入った皿ともう一つパンを取る。
外に出されていた妻がベルルを睨んでいた。
「なにしたのよ」
「……」
ベルルは妻の隣を素通りする。
「ごきげんよう。ウフフ」
「あんたメシ作るのうまいな!」
馬車に着く頃に食べ終わったスレッドが道端に皿を投げる。
皿は粉々に砕ける。
闇夜の中、ベルル達を乗せた馬車は走る。
21区は確実に暴力と恐喝に染まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます