32話 それぞれの仕事 (3)


11月23日 21区バアルリン とある酒場より──


酔っ払った運転手は自分の運送馬車を酒場の前に止めて浴びるように酒を飲んでいた。


「今日は俺の奢りだ!!飲みまくれや!」


運転手は両手に酒瓶を持ちながら大声で叫んだ。


「おお!」「まじかよ!」


酒場にいた客はグラスを掲げながら歓声をあげた。


「おいおい平気なのかよ?」


近くにいたハゲ頭が運転手を心配する。


「うるせえな!平気なんだよ。俺は今金持ちだからよ!」


その時だった木の扉が開かれる。

歓声を上げていた客達はその三人組を見て口を閉ざす。


「おい!オメェら!もっと盛り上がれよ!」


運転手は酒を一気に飲み干した。


「やめとけ!なあやめとけって!」


ハゲ頭は運転手の袖を抑えて座らせようとする。


「黙れ黙れ!俺が今1番偉いんだよ!ほら奢ってやるぞ!お前ら!!」


「……そうか。じゃあ俺にも奢ってくれよ」


毛皮のコートを肩にかけた背の高い男が運転手の肩を掴む。


「おう!もちろんだ!」


運転手が振り向くとそこにいたのは……


「べ、ベルルベット・ギル、ギルジーニ…さん」


灰色の髪をオールバックにしたベルルが立っていた。

後ろにはスレッド、ブリアンもいた。


「スレッド他に客を入れるな。外で見張っといてくれ」


ベルルが運転手を見たままスレッドに指示を出す。


「うーーす。わかった」


スレッドは酒場の外に出て行った。


「ど、どうしてここが」


運転手は顔を青ざめながら尋ねる。


「今日、お前を乗せたスキンヘッドいただろ?そいつが札束を座席に落としてな。それを追跡した」


「そ、そんな」


運転手は肩を落として席に座る。


「お前が俺らから奪ったのは40万そのうち半分はお前のふところに入れたろ?」


ベルルが手を出す。


「返せ」


運転手は鞄の中から二つの札束を取り出し渡した。


「ブリアン」


ベルルは札束をブリアンに投げる。


「あらっ危ないわ。私が貰っていいですの?」


ブリアンは扇で口を隠しながら微笑んだ。


「全部あるか数えろ」


「もう冗談に決まってますわよ」


ブリアンは札束を数え始める。


「……札束の追跡は色々面倒だからよ。お前が22区に行く為に札束渡した検問官の名前を言え」


運転手はすぐに無精髭の検問官の名前を口にする。


「きっちり20枚ありましたわ」


「よし。お前、運転手だろ?ちょっと俺ら乗せてけよ」


「は、はい」


運転手とベルルとブリアンは酒場を後にする。

運転手の会計は近くにいたハゲ頭が無理矢理払わされた。


酒場の前にはスレッドがタバコを吸いながら待っていた。

馬車は二台止まっていた。


「乗れ」


ベルルは運転手を運転席ではなく客席に座らせる。


「あ、あのこれだと運転できないんですけど」


客席にはベルルと運転手の二人っきりだった。


「今から罰としてお前には1人で21区で運転し続けてもらう。出来るだけ人が多い所で運転すること」


運転手はそれが何を意味するか分からなかったがとりあえず頷く。


「わ、分かりました」


するとベルルは運転手の頭を掴む。


「え、ちょ」


運転手の頭が二つに分裂する。

頭が座席に落ちる。


「うわっなんですこれ」


運転手は増えた自分の頭をつつく。


「気にするな。それと職技ワークを使ってもいいが頭に力点ポイントを使うなよ──使ったら死ぬ」


「わ、分かりました」


「じゃあ俺が出たらスタートだ」


ベルルが運送馬車の扉を開けて外に出る。


外に出ると同時に運転手は客席から運転席に体をねじ込みながら移動して運送馬車を走らせる。


「……なあ。盗られた200万回収するのはいいけどよ。ヴェニスって奴から120万取り戻すのはムリゲーなんじゃないか?」


スレッドはタバコを落として踏みつける。


「おそらくヴェニスって奴はよく考えてると思うぜ?120万の札束をあのハゲがなぜ持ってるのか。その札束が安全なものかどうか確かめるまでは使わないだろ」


「そこまで考えてるかね?若造なんだろ?」


スレッドはしゃがみ込んでタバコにまた火をつける。


「噂だとまだお若いと聞いてますわ」


ブリアンはタバコの煙がこっちに来ないように扇を振っていた。


「……まあどっちにしろ。すぐにノクターンに手紙を出したからな」


バサバサ


羽音がして自分達の馬車に一羽の鳥が止まった。


「レンラク!レンラク!ヴェニスからレンラク!」


「お!早いねー」スレッドがドレッドヘアーの自分の髪を掻き上げながら答える。


「わかった。教えてくれ」


連絡鳥は羽を閉じると叫び始める。


「分カッタ。トリアエズ120万は使ワナイ。タダ取リ引キダ。ヴェニスヨリ」


「ほらな?旅商人は金の性質に敏感だからな」


「それじゃあヴェニスさんの所に行きますの?」


「いやまずは検問官だ。ヴェニスの奴は別に後でいい」


連絡鳥はまた叫び始めようとする。


「分カッタ!トリアエ……」


「もういい!」


連絡鳥はどこかに飛び立ってしまった。


「でもよ。足りなくねえか?今、運転手から20万と座席から10万だろ?今から20万、検問官から取り返して合わせて50万それにヴェニスで170万……ほら30万足りねえ」


スレッドは意味のわからない手の数え方で計算しつつ咥えタバコをする。


「……本当ですわね。どうしますの?」


「構わない全額取り返したいわけじゃない。確かに能力がついててファミリーの金だが元々俺の物だしな。それに偽札部に問い合わせてこれ以上21区での商売が露呈する方がまずい」


「それじゃあ30万はプレゼントしますの?」


ブリアンは少し残念そうにした。


「まあ…そうだな。強盗に入られてそいつ殺せて30万の損害なら安いもんだろ」


スレッドはタバコをまた落として踏み潰す。


「もしやっぱり30万が惜しくなったらそん時は偽札部に言えば教えてくれんだろ」スレッドが言った。


「どうだろうな。なぜ30万が消えたのかは謎だが運良く30万手に入れた奴がそのまま持ってる事は少ないんじゃないか?運転手のように調子乗って使いまくるかもな」


スレッドは考え込む。


「じゃあ準構成員アソシエイトに調査させるのはどうです?」


ブリアンは扇を閉じて得意げに言った。


「……まあそれでもいいが調査するのは明日以降だから望み薄だがな」


「んーーそうですわね。でも一応やってみる価値はあるんじゃないかしら?」


ブリアンは引き下がらなかった。

ベルルはこめかみを押さえながら考える。


「あまり大事にはしたくないが少人数なら調査する価値もあるかもな。とりあえず服屋の近辺での捜査を主にやってもらう」


ベルルはブリアンの案を採用した。


「わかりましたわ!準構成員アソシエイトの件はワタクシがやりますわね!」


「ああ頼む──それじゃあ次行くぞ」


そう言ってベルルは馬車に乗り込む。


「よし行くかー」


スレッドはまたタバコに火をつけようとする。


「馬車の中ではおやめになって!」


ブリアンが扇でスレッドの手を叩く。


「チッわかったよ」


ブリアンとスレッドも馬車に乗り込んだ。


早朝の21区の新聞記事にある事故のことが書いてあった。


……21区で運転していた運転手が馬の操縦を誤り建物に直撃する事故が起こりました。運転手は重症で病院に運ばれましたか死亡が確認されました。主な死因は頭部の損傷が激しく……







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