28話 "薬と泥沼" (4)


蚊神と久蛾に挟まれて真ん中を歩くスシカ。

蚊神はスシカと歩くのも嫌らしくそっぽ向いて黙っていた。

久蛾は無表情でただ前だけ見ていた。

スシカも領主の館に顔合わせに行く事を知り本当に仲間に加えられるのを確信した。


スシカの営んでいる薬屋の前に建設業者の男達が集まっていた。


「え、ちょ何してんの!」


スシカが急いで近づこうとする。


「……おい」


久蛾の声が後ろから聞こえる。


「な、なに?」


久蛾はニヤリと笑っていた。


「化粧といい服、着てこい」


スシカは内心なぜかワクワクしていた。

女として落ちていくだけだった自分にオシャレをしてこいと言われたことに少しの高揚感を感じずにはいられなかった。


「わ、わかったわ!ちょっと待ってて」


スシカは建築業者の存在に疑問を抱いたがそれは後でいいかと思い直した。


少ししてスシカは先日買ったドレスと化粧それに白髪染めまでして出てきた。


「いいわ。行きましょう」


綺麗なドレスに2人の男に付き添ってもらってまるでお姫様のような気分になり本当にムシノスローンで働いてもいいかも知れないと思い始めていた。


領主の館に着くとすぐに秘書兼財務整理担当責任者のロモースが骨ばった両手を重ね合わせて一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」


頬がこけた顔でロモースは無表情で連絡も無しに現れた3人を見ていた。


「今日は領主様にプレゼントを」


久蛾がスシカではなく蚊神をチラリと見ながら言った。

蚊神は合点がいってまるで謎解きの正解を聞いてなんで分からなかったのかのような悔しい気持ちになった。


「「プレゼント?」」


スシカとロモースが声を合わせる。


「ええ。ビックスさんはいつもの部屋ですよね」


久蛾は歩き始める。蚊神もその後をついていく。


「ちょっとお待ちください。プレゼントの内容をこちらが確認しなければお渡しできません」


ロモースの声を無視して久蛾は二階に上がって行く。


「そういう事なんで」


スシカもうっすら笑って久蛾の所まで急いで行く。


ロモースは止めもせず騎士団を呼ぶ事もせずにただただ眺めているだけだった。

表情はなかった……いや出さないようにしていた。


「おー!ブホッ!珍しいお客さんだ!」


前回来た時よりも飾りが増えて大きな亀の置物が新しく増えていた。


「どうもピック・・スさん」


「だからビね!ビックス!」


蚊神にビックスが訂正した。


ビックスはフライドポテトを三本いっぺんに口に入れて喋り始めた。


「今日は何しに来たの?」


口の中に入っているのに喋るせいでくちゃくちゃと咀嚼音が聞こえてくる。


スシカは一刻も早く帰りたくなっていた。


「今日は提案がありまして」


久蛾が一歩前に進む。


「んー?なになに?」


ビックスは油がついた指を舐めながら続きを促す。


「ムシノスローンの保護金を20%から10%に下げて欲しいのですが」


「それは無理だよ!」


ビックスが大きな腹を揺らす。


「タダじゃありませんよ。もちろんね」


すると久蛾がスシカに顔を向ける。


「この女性をビックスさんにプレゼントしようと思いまして」


「……はい!?」


スシカは驚きを隠せない。


「おお!おお!いいね!ブホッブホッ!いいね!」


ビックスは手を叩いて喜ぶ。


「それでどうでしょうか何をしてもいい女性をあげるので10%にしていただくことはできますか?」


ビックスが座りながら身体を前にする。


「いいよ!いいよ!わかったから早く早くその子を僕のところに!ブホッ!」


スシカは逃げようとするが蚊神に肩を掴まれていた。


「ちょ!何すんの!離して!」


蚊神は冷たい目をスシカに向けた。


「……お前うるせえよ」


蚊神の乾いた声がスシカの胸に響く。


「そうしたいんですけどまずはロモースさんに書類を作成して頂いてそれにビックスさんの力点ポイントを入れてもらわないと」


「わかった!ロモォォス!!」


ビックスは大声を出す。


「早く来い!!早く来い!!!」


ビックスは身体を揺らして叫ぶ。


ロモースが扉をノックして部屋に入る。


「……なんでしょうかビックス様」


「ムシノスローンの保護金20%を10パーにするからその書類を作れ!」


ロモースは目を開く。


「保護金の金額を変更するのですか?」


「早く持ってこいよ!」


「……分かりました」


しばらくしてロモースは一枚の書類を持って部屋に戻って来た。


スシカの両隣に久蛾と蚊神がいて逃げないようにしていた。


「……ここに力点ポイントを入れていただければ正式に…」


「いいから貸せ!」


ビックスは人が変わったようにロモースから書類をぶん取る。


ロモースが持ってきた書類には言霊使いの力点ポイントが薄く発生していた。

ロモースはビックスが書類に力点ポイントを入れると足早に部屋を後にした。


「もういいでしょ!はやく!」


「ありがとうございます。では」


久蛾がスシカを連れて行く。


「ま、待って!待って!」


「………」


久蛾は半ば投げるようにビックスにスシカを渡した。


「ブホッ!ブホッ!やった!やった!僕の僕の」


「やだ!やめて!」


ビックスはスシカの身体をベタベタ触る。


「それではこれで」


久蛾は部屋から出ようとする。

蚊神は部屋から出る時に一度、見返した。


スシカの瞳には蚊神はまるで虫を見るかのように無関心に映った。


蚊神は完全に扉を閉める。

泥沼に大きな蓋をつけて封じ込めた。


一階に下がるとロモースが足をピッタリつけて待っていた。


「プレゼントはあの女性ですか?」


ロモースの声には怒気が含まれていた。


「違いますよプレゼントは……」


久蛾が斜め上を見ながら考える。


「プレゼントは俺らが来る事ですよ」


蚊神が茶化して答える。


「……あまり調子に乗るなよクズが…」


ロモースが小さいがよく通る声でそう呟いた。

ロモースの目は少し痙攣していた。


「望むところだよ」


久蛾と蚊神は領主の館を後にした。



────────────────────


次回で一章終わります。



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