27話 "薬と泥沼" (3)
11月25日 返済日 当日───
天気は曇。気温は低く。長く外にいると体温は下がり考えたくない色々な事を思い出してしまう。
ポップな看板のムシノスローンが今では甘く誘い込む罠にしか見えなくなっていた。
受付のアゲハは昨日のような幼稚さはなく業務用の笑顔を貼り付けていた。
「お待ちしていました。奥の通路へどうぞ」
ムシノスローンの事務所は少しだけ薄暗く窓から見える灰色をスシカは今の自分自身に重ね合わす。
「来たな」
そこには久蛾とウィーブの2人がいた。
スシカは自分との折り合いをつけていた。
怒りではなく正々堂々戦うという気持ちを持っていた。
スシカは一歩ずつゆっくりと歩いて久蛾の所まで処刑前の13階段のように進んでいく。
スシカは鞄から40万の札束を押し付けるように机に置いた。
「これで終わり何もかも……そうよね?」
久蛾は札束を掴んで数え始める。
「39、40ちょうどだな。はいじゃあまた7日後」
「え?7日後?7日後に何があるのよ?」
スシカは黒髪の青年が言ってる事が分からなかった。自分は生活費まで削って揃えた40万。それなのに7日後に何があるというのか。見当もつかない。つくはずがない。
「7日後また40万ね」
スシカは少し笑った。
何を言っているの?今払ったじゃない。まさかつまらないギャグ?
「だから今、40万払ったでしょ?」
「40万は利息分だ。元金は減ってない80万のままだ」
「はい?何言ってるの?80万の借金なんて私してないしそもそも15万Gしか貰ってないのに40万も払ってるのよ?わからないの?」
スシカは久蛾を小馬鹿にしながら抗議する。
「分かってないのはお前だ。昨日のことそれに追加融資。俺は全部、説明したはずだ」
「だからそれが納得いかないのよ!」
「お前は借用書にサインしてる。お前がしたのは利息の返済。借金の返済じゃないそして利息は俺らが金を貸し付けるに当たって生じる対価のことだ」
スシカは拳を握る。
「意味わかんない!意味わかんない!はあ?そんなの聞いてない」
「聞いてない?聞こうとしなかったの間違いだろ。分からない事をそのままにしてここまで来たんだろ?」
スシカは言葉に詰まる。
思い当たる節もあった。蚊神に会った時に騙せると思った。
今だってよく分からない。でもこれが犯罪なのはよく分かる。
「これは犯罪よ!わかってるの?」
「それがどうした?犯罪だったらなんだ?分かったからってお前に何ができる?7日後に黙って40万用意しろ。追加融資はしない」
スシカは両足を強く地面に踏み込む。
「払わない!私はもう絶対にね」
久蛾は立ち上がる。
「分かったお前の気持ちは十分理解した。ウィーブ」
ウィーブは剣を引き抜いた。
「な、何するつもりなの?」
「ドールコレクターがいんだよ。そのコレクターがさ人形にリアルを求めてて生きた人間をそのまま人形にしたいんだって」
ウィーブがスシカの後ろにつく。
スシカは恐ろしく振り向けなかった。
「しかもそいつ表情まで注文つけててさ。恐怖してる顔がいいんだってだからお前を縛って足首を半分切って骨とか肉とか生きたまま抜き出す。そしたらいつか恐怖の表情のまま死後硬直で固まるかもな」
スシカの呼吸が荒くなる。
足下が痙攣起こして震える。
「……とりあえず縛るぞ」
ウィーブがスシカの腕を掴む。
その瞬間、スシカはしゃがみ込んで尻餅をつく。
「や、やめて。お願いそんな事しないで」
「じゃあ7日後40万な」
「そ、それも無理」
スシカは目に涙を浮かべる。
久蛾は長いこと考えていた。
「分かった。じゃあ80万G分ここでタダで働け」
「……え?」
「何言ってんだ久蛾?」
ウィーブも流石に驚いていた。
「その代わり俺の言うことは絶対」
「わ、分かりました!働かせてください!お願いします!」
スシカは久蛾の脚にしがみつく勢いだった。
「……蚊神が怒るんじゃないのか?」
ウィーブは剣をしまいながら納得がいかないようだった。
「蚊神が帰るのをここで待つ。そしたら領主の館まで行くぞ」
「は、はい!分かりました!」
スシカは救われる思いだった。
そしてこの久蛾という青年は所詮ガキだと思った。
怖いこと言って脅かしたけど結局はこれね。
犯罪っていうのが効いたみたい。
ここで働いてる時にこのガキとカガミを毒殺でもして私は新天地でやり直すわ。
覚悟しなさいゴミども!
久蛾は階段の方に向かって「フルミ!」と呼んだ。
スシカはその奥の空間に階段があることを初めて知った。
トントンと階段が下る音が聞こえる。
「なんですか?」
紺色の長髪を後ろでまとめた女性が顔を出した。
「空木の所に
「どんなふうにしますか?」
「それが終わったらすぐに事務所に戻ってくれって」
フルミは軽く頷くとまた三階へと上がって行った。
先ほどの態度とは違いスシカはソファに座りながら悠然とそれを見ていた。
「そこに階段があるんですね」
久蛾は何も言わずに横目でスシカを少しだけ見て椅子に座った。
「仕事戻りますよ?」
「ああ」
ウィーブは首を捻りながら返済日を遅れてる者に催促状を書き始めた。
スシカは無視されたことに少々イラつきながらも無視したのは自分が勝利したと感じで余裕の笑みを浮かべた。
無知は罪ではない。知ろうとしない事が罪であるのだ。スシカはこの状況に置かれても自分が泥沼からもう抜け出せない事に気づいていなかった。
そして今、久蛾が頭まで入った泥沼に大きな蓋で閉じ込めようとしていた。
スシカが仮に気づいたとしても抵抗すらできないように。
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