25話 "薬と泥沼" (1)


11月24日 13区 サロンティア───利息の返済日まで残り1日。


13区の帰りはスシカにとって旅行気分であった。

区間検問くかんけんもんもなくなった後、ピース代の13万5000Gと強盗が落としていった30万G、合わせて43万5000Gを鞄に大事にしまいながら出店や服屋で買い物をしてきた後だった。


スシカは薬屋のシャッターを開けて薬棚を外に出した。

閉じ込めていたはずの旦那はいつの間にかどこかに消えていて朝から薬物中毒者の譫言うわごとを聞かずにいたので調子がよかった。


軽い鼻歌を歌いながら商品を並べていく。

お客はスシカの機嫌の良さを察したのか少しずつ入っていた。


しかしまだまだ売れ行きは上がらず一軒離れた隣のイルイルイ堂に客足を取られているのが現状だった。


スシカは休憩がてら店外に出て新鮮な空気を吸いにいった。


イルイルイ堂の前には子供が沢山いてイル婆と呼ばれているお婆ちゃんがお菓子をあげていた。


スシカはなるべく見ないようにして大きく息を吸い込んだ。


「おやおやスシカさんじゃないですか」


しわがれた声がスシカを呼ぶ。

スシカを呼んでいたのはついさっきまで子供にお菓子をあげていたイル婆であった。


「これはどうも」


スシカは義務的に少し頭を下げた。

イル婆は顔に薄ら笑みを浮かべながら近づいてきた。


イル婆は歳は70を過ぎていたが背筋はピンとしておりハキハキ喋る声と化粧で若々しい老婆であった。


「ここ最近スシカさんのお店、閉まってたから心配してたのよ?」


イル婆は眉をハの字にして言った。


「はあそうですね色々忙しかったので」


スシカは自分と同じぐらいの身長のイル婆を見た。


「そう?もう大丈夫なの?」


「ええ。大丈夫です」


スシカはだんだんとイライラしてきた。


「そうそう私も最近ね。忙しくてもう大変なのよ腰がね」


先程までお菓子をもらっていた子供は暇そうにこちらを見たり帰ったりしていた。


「はあ」


「だからねもう1人ぐらい欲しいと思ってるのよ従業員をね」


スシカは話の先を想像しながらもまさかそんなわけないという気持ちで笑みを浮かべている老婆を見ていた。


「……じゃあ雇ったらどうです?」


「いやーね。こんなおばちゃんの所、誰も来ないわよ」


イル婆はツッコミを入れるようにスシカの肩を叩いた。

スシカは触られた肩を埃を払うように払った。


「それより嫌な話だけど大丈夫なの?経営」


スシカは怒りを顔に出さないように努めていた。


「大丈夫ですけど」


「もしよかったらうちで働かない?もう無理でしょ?このお店」


イル婆は口元に笑みを見せつつ目はスシカを蔑んでいた。


ふざけんなよ!このババア。人が優しくしてればいい気になりやがって!誰がお前の店で働くか!


「……いや本当、平気なんで」


「あらそう?あーそういえばあなたの旦那さん見ないわね?どうしたの?」


スシカは堪忍袋の緒が切れた。


「うるさい!うるさい!あんたに関係ないでしょ!」


「あんたって」


スシカが周りを見ると自分を見つめてくる人達に気づく。


後ろにいた子供がうるさい!あんたに関係ないでしょ?と声真似をしていた。


クソ!なんなのよ!死ね!死ねばいいわ!


スシカは薬屋に入ってシャッターを閉めようとする。

しかし外に置いた棚や外に出ていた商品が挟まって下がらなかった。


「もう!うざいうざい!」


棚を思いっきり店内に引きずって置いていた商品もまるで投げるように店内に入れる。


「もういいもういい。我慢の限界」


スシカは薬屋のシャッターを思いっきり閉めた。


「あの人ちょっとおかしいんじゃないの?」

閉める寸前でイル婆の声が聞こえた。


「あんたの方がおかしいんだよ!!」


スシカはシャッター越しに大声を上げた。


もういい。もういい。せっかく店開いてやったのに!


スシカは台所に向かった。

台所は数日前の洗い物が溜まっていたり水垢がこびりついていた。


スシカは戸棚から酒瓶を取り出す。

比較的きれいなグラスを取った。


グラスの底に息をかけて埃を払って酒を入れる。


そのまま飲み干す。


「どいつもこいつも!」


また酒を注ぐ。

スシカは昨日買った服を見に居間まで行った。


レース付きの黄色いドレスを見ながらスシカの怒りは落ち着いていった。


「あんなババアじゃ着れないわ」


その後、スシカは酒瓶を一本開けてドレスを着たまま眠りについた。


「レンラク!レンラク!」


鳥の声がしてスシカは目を擦る。


「もうなに?うるさい」


「"ムシノスローン"カラレンラク!」


「え?」


スシカは飛び起きた。止まり木にいた※連絡鳥れんらくちょうが大きな声で叫んでいた。


連絡鳥れんらくちょう

職業:鳥使いバードテイマー職技ワークで生み出された鳥で喋らせたい事をこの鳥に向かって言うとそっくりそのまま暗記して喋ってくれる。

あまり沢山は覚えられない。


「レンラク!レンラク!"ムシノスローン"カラレンラク!」


「わかった!なによ!」


「今スグニ"ノクターン"マデ来ルコト」


え?なに?ノクターンに?

どうして?

スシカの身体に緊張が走る。

さっき飲んだ酒のせいで少しだけ頭痛がした。


「ちょっとなんでノクターンに行かないといけないのよ!」


「今スグニ"ノクターン"マデ来ルコト」


それだけ言って連絡鳥は窓から外に羽ばたいて行った。


「もうなんなのよ」


ため息を吐いてドレスを脱ぐ。

自分が着ていたドレスが急に滑稽に見えたのだ。


スシカは簡単に着替えて勝手口から外に出る。

辺りは真っ暗で少しの明かりしかなかった。


「はあなんなの?私の人生って」


誰にもいない恐怖に駆られてスシカは早歩きで進む。馬鹿にしていた酒場通りに今すぐ行きたかった。




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