8話 ため息の数 (2)
「最近、いい事なくて」
ため息混じりにスシカは唐突に話し始めた。
「例えばどんな?」
「夫のこともそうですけど……1つ挟んだ隣に新しい薬屋ができましてね。老夫婦がやってるみたいなんですけどそこにお客を取られて」
「それは災難ですね」
辺りは真っ暗で月の光と家屋から漏れる明かりだけだった。
「それに些細なことなんですけどね。いつも店の棚の上に猫がいたんですよ」
「…猫ですか」
スシカは少しだけ照れ隠しに笑った。
「ええ。そのペルシャ猫がいい客引きをしていたんですけど最近、現れなくて」
スシカからはカガミの顔はちょうど家屋の明かりで影になっていて薄らとしか見えなかったがそれでも真剣に聞いてくれている事が分かった。
「なんか…もう保護金も払えなくて──それに売り上げの20%だって!去年の売り上げからの推定でしょ?無理ですよ。うちは閉店するしかないのかも」
スシカはこの男がムシノスローンと呼ばれる金貸しの商売をしている事を風の噂で知っていた。
この男なら金をくれるかもしれないと彼女は淡い期待を持っていた。
しかしカガミと名乗った男は何も言わなかった。
少しだけ唸っていたぐらいでスシカが期待していた返事はしなかった。
すると前方から足と腕だけに鎧をつけた2人の男が歩いていた。
手にはランタンを持っている太った男と槍を持っているやる気の無さそうな痩せた男だった。
スシカはカガミが背負っている自分の夫を見て額に汗を流した。
カガミの顔を窺うがまるで見えていないかのように平然としていた。
「お?何してんの?あんたらこんな所で」
太った男はカガミとスシカを見ながら言った。
酒臭かった。
「え、あの別に」
スシカはカガミの顔をチラチラと見ながら答えた。
「なんか怪しくね!?なあ?おい!」
痩せた男はカガミを覗き込んでいた。
痩せた男も顔が赤くアルコールの匂いがした。
「あんた達は?ただの酔っ払いか?」
カガミの声はまるで冷め切っており面倒くさそうでもあった。
「はあ?俺達は!領主直属の騎士団 ビックスターの団員です〜」
太った男はランタンを振り回りながら言った。
「俺らは正義の為に夜回りして!お前みたいな!怪しい奴を取り締まってんだよ!」
痩せた男はカガミの胸に指を押し付けていた。
カガミは突然、
2人の騎士団は突然の行動に後ろに下がり同じく
「ど、どうゆうつもりだ!」痩せた男が言った。
「俺らに歯向かってただで済むと思ってんのか!」
太った男はランタンを地面に投げ置きながら叫んだ。
カガミは
そしてニッコリと笑った。
「すいません!触られたのでいつもの癖で…申し訳ないです」
「ダメだ!ダメだ!テメェは殺すの決定!!」
痩せた男は槍をカガミに向けながら叫んだ。
「こんな悪党は野放しにできま……」
2人の騎士団はいきなり顔を振り回したり暴れたりし始めた。
「なんだこれ何にも見えねえ!」
痩せた男は槍を離して顔に手をやる。
何かを剥がそうとするみたいに。
「いきなり真っ暗だ」
太った男も同じだった。
何が起こったか分からないスシカにカガミは笑顔で話しかけた。
「今のうちに行きましょう」
その笑顔は自分を救ってくれる白馬の王子様のように見えた。
騎士団にもまるで恐れずに立ち振る舞うカガミにスシカは顔を真っ赤にした。
「はい!」
そして2人は月光が照らす帰路を走った。
後ろからは猫の鳴き声が聞こえていた。
【Susika】と書かれた看板の前で2人は止まった。
スシカは久しぶりに走ったせいで肩で息をしていた。
カガミは息ひとつ乱れていなかった。
「はあはあ。さっきはありがとうございました」
「大丈夫ですよ──それより」
カガミはトレンチコートの内側から1枚のチラシを取り出した。
息を整えたスシカがそのチラシを受け取る。
「俺ノクターンの上にできたムシノスローンで働いているんです。お金に困っているならいつでもいいので気軽にご相談ください」
「お金をくれるんですよね?」
スシカはやっと自分が望んでいた返事を貰えてまるで地獄にたらされた蜘蛛の糸のように感じた。
「いえ貸すだけです。でも貸すって言ってもすぐに返せって言いませんよ」
「え?じゃあいつ返すんですか?」
「別に返さなくてもいいんですよ。利息さえ払ってくれれば」
「利息?」
スシカは聞きなれない言葉に少し不安を感じた。
「まあ簡単に言えば貸したお金の何割か多く支払ってもらうんですけどその事を利息って言うんですよ。内は7日で5割でシチゴです」
「シチゴ?」
「人の名前じゃないですよ?──つまり仮に10万
「え?じゃあ5万
カガミは優しく頷いた。
「ええ。7日にね」
スシカは身体が熱くなるのが分かった。
そんなの相手からしたら損じゃない!
10万
「あのじゃあ!明日行きます!」
「ありがとうございます!じゃあ待ってます」
カガミは笑顔だった。まるで悪魔が獲物を捕らえたかのようにその笑みは本心によるものだった。
スシカはカガミの後ろ姿を見ながら自分が救われた事を知った。
本当は二度と出れない泥沼に片足を踏み込んだとは知らずに。
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