第一章 薬と泥沼
7話 ため息の数 (1)
13区の酒場通りを小さい声で悪態をつきながら早歩きで進む1人の女性がいた。
その女性は髪を後ろに結んでいるが所々で髪が出ており白髪も目立っていた。
仕事用のエプロンをつけており、エプロンにはローマ字でスシカと書かれていた。
その女性は自分と全く同じ名前をつけた薬屋を営んでいた。
彼女の名前はスシカ。
自身の職業である"薬剤師 ☆3"を利用してコツコツと仕事をしていた。
夫も同じ薬剤師で夫婦で薬屋をやっていた。
スシカは真っ暗になった夜空の下で酒を飲みながら行き交う人々をまるで汚物でも見るかのような目で点数をつけていた。
10点。20点。おぇあんなとこでゲロ吐いてる0点!
スシカ自身もこんな所に来たくて来てるわけではなかった。しかしどうしても行かなければいけなかった。
所狭しと並ぶ酒場や家々にいきなりポカンと空いた空間があった。
スシカはため息をついた。
ついた後にスシカは突拍子もなくあることを思い出した。
確か…ため息を吐くと不幸がくるなんて誰かが言ってたわね。誰が言ったのかしら?全くこれ以上の不幸なんてあるはずないじゃない!
その空間に入ってすぐの所に街灯が建っていた。
街灯には看板がぶら下がっていた。
ムシノスローンと書かれた看板にまた一つ小さな看板がぶら下がっていて「お金貸します!」と書かれていたその下にその暗い空間を差す横向きの矢印が書かれていた。
スシカはここ一か月で何やら人に金を貸す妙な商売を始めている集団の噂を思い出した。
スシカは街灯をまじまじと見た後にその真っ暗な空間に足を踏み出した。
しかしその空間は新しく設置された街灯で明るくなっていた。
スシカはその光り輝く街灯の通りを少しワクワクしながら歩き始めた。
しかし歩けば歩くほど憂鬱になり始め街灯の輝きにワクワクしたのは、ほんの十数秒だった。
街灯の通りの最奥に目的地はあった。
スシカは酒場ノクターンの看板を見上げるとその上に同じぐらい大きな看板があった。
【ムシノスローン】と書かれておりその下に「お金貸します!」と付け足されていた。
可愛くデフォルメされた虫たちがスシカの警戒心を剥がしていく。
しかしそれもまた束の間であった。
スシカは憂鬱からイライラに変わりノクターンの扉を開けた。
ノクターンに入るとジロジロとスシカを見つめてくるいやらしい目つきが身体に刺さる。
スシカは出来るだけ見ないように殆ど走るような速さでカウンターに向かった。
ノクターンの店主 フライは顎髭を触りながら目線だけで彼女のお目当ての物を教えた。
そこにいたのは壁に話しかけている歯がほとんどない薬物中毒者の男だった。顔はあざだらけで身体には
スシカはその男の首根っこを掴み無言でノクターンを後にした。
後ろからは自分を馬鹿にする罵声や笑い声が聞こえてきたが出来るだけ無視して扉を音が鳴るように開けた。
首根っこを掴まれている薬物中毒の男は引きずられながらも何か意味のわからないことを喋っていた。
「壁が怖いなー。あ!そうだ俺は空が飛べるんだ」
スシカは自分の腕が限界だったので男の首を離した。
まだノクターンから少しも離れていなかったのでスシカは今度は両手で男の服を引っ張った。
スシカは怒りが限界に達して男を離して帰ろうとした。
「もういい!騎士団の奴らに見つかっても知らない!どうせ話せないんだ。もういい!もういい!」
スシカはそう思うと胸が軽くなり酒場でお酒を飲むのも悪くない気がしてきた。
しかし前から歩く音が聞こえて咄嗟に街灯に身を隠した。
自分のことを知っている人がいたら私は終わりだわ!面倒なことになるし嫌な事を言われる!死ね!何で今なのよ!死ねばいいのに!
しかし前からくる男に目覚えがあったのだ。
男は異国のような顔つきながら美形で鼻はすっと高く髪は少しだけ長いがパーマが薄くかかっており男の顔にとても似合っていた。
トレンチコートを羽織りネクタイを締めている姿はスシカに探偵だと思わせた。
その男は街灯に隠れているスシカとあぐらをかきながら地面に話している男を交互に見ながらスシカの方に向かってきた。
スシカはその男に警戒しつつもどこで見た顔か思い出そうとしていた。
「こんばんは。どうしました?こんな所で危ないですよ」
男は心配そうに言った。
「あ、えーと実は」
スシカが言葉を探しているとその男が少し大きな声を出した。
「あ!そう言えば以前、会ったことがありましたね──ほらお爺さんがあなたのお店の棚を揺らして」
そこでスシカは思い出した。
一ヶ月ぐらい前に老人が棚を揺らして嫌がらせをしていたから叱った時にいた人だわ
「あ、あの時はすいませんでした」
スシカは街灯から離れて男と向かい合った。
「いえ全然、大丈夫ですよ。それよりこんな所で何を?」
スシカは地面と話している薬物中毒者を振り返った。
「……実はあの人を家まで連れて帰らないといけないんです」
トレンチコートの男は仕草と顔だけで「どうして?」と尋ねているかのようだった。
「あ、えーと主人なんです」
そこで男は合点がいったような顔になりすぐに悲しそうな顔に変わった。
「……それは気の毒ですね。じゃあ僕も手伝いますよ。1人じゃ危険ですしね」
男の提案にスシカはすぐに頷いた。
「ぜひ!お願いします」
男は笑顔で薬物中毒者の所に向かった。
薬物中毒者は男を見た途端にいきなり叫び出し暴れ出した。
「やだ!やだ!やめろ!俺に触るな!」
スシカは顔に手をやった。逃げ出したい気分だった。
それでもトレンチコートの男は笑顔で振り返りスシカの顔を見た。
「これじゃあ連れて帰れませんから眠ってもらいましょうか」
そう言うと男は薬物中毒者の首を手刀して気絶させた。
そして背負い込みスシカの元に戻ってきた。
「すいません。手荒な事をしてしまって」
「いえそんなことはかまいませんけど……本当によろしいんですか?」
「ええ。平気ですよ──それに仕事サボれますしね」
そう言って男はイタズラっぽく笑った。
スシカもニコリと笑い返した。
そして2人は歩き出した。
酒場通りを抜けた時にスシカはまだ男の名前を知らない事を思い出した。
「あのお名前なんて言うんですか?」
男は笑いながら
「すいません。まだ名乗ってませんでしたね──カガミです」と言った。
「カガミさん」
スシカはこの出会いが自分の人生を変えてくれる事を強く願っていた。
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