6話 "孵化"


蚊神は大きな欠伸をしながら身体をのばした。


「なんか消化不良だなー。全然、戦えなかったっすわー」


「まあしょうがねえよ。戦わないのが1番じゃねえか」


そう言った久蛾を蚊神は横目でチラリと見た。


「それにほら」


久蛾は立ち止まる。

そこには大きいとはいかないがそこそこの広さで家を改造したような薬屋があった。


八百屋のように外に色んな商品が置いてあった。

その棚にひっそりと隠れてる老人がいた。


「……ああ。どうします?こいつのインチキ宗教の連中にバレたら厄介じゃないですか?」


「んー。じゃあ殺します?」


アゲハが提案した。

彼女は元々、久蛾の能力を知っていたので瞬間移動したことに驚いたが既に平静を取り戻していた。


「俺の窃盗猫ロブキャットを使えばバレませんしそれにインチキ宗教の情報まで獲得ゲットできますけど───どうします?」


久蛾は怯えて震えている老人を見ていた。

老人は棚の柱を両手で持ち全身で震えていた。

その震えが棚にまで伝わってガタガタと音を鳴らしていた。


「……無駄な殺しは憎しみの連鎖の元だ。それにインチキ宗教の情報なんて必要ねえだろ」


蚊神は髪を掻きながら鼻息だけで返事をした。


「ちょっと!何してるのよ!そこで!」


金切り声が薬屋の奥から聞こえてきた。


早歩きで外まで出てその震えている老人の服を引っ張り押し出した。


その一連の動作をした女性は髪の毛を後ろで結んでいるが所々で髪が飛び出ていて少し白髪が目立っていた。


まだ30後半という年齢ながら苦労が顔に出ていて疲れ切っていた。

もっと化粧やストレスを感じさせなければきっと美人なのだろう。


「う、うわ!な、何するんじゃ!こんな老耄おいぼれに乱暴するなんて」


「うるさいうるさい!あんたのせいで商品が落ちて壊れたら弁償できる!?この貧乏人が!」


薬屋の女性は立ちながら貧乏ゆすりをして人差し指を慌しく服に叩きつけていた。


薬屋の女性は3人の視線に気づいた。


「この老人、あんた達の知り合い!?」


薬屋の女性は老人を指差しながら高い声で聞いてきた。


「違いますよ。勘違いさせてすいません」


蚊神は作り笑いをしながら軽く頭を下げた。

アゲハは蚊神の変わりように驚いた。


「あ、あらそう?ごめんなさいね?大きな声だして」


薬屋の女性は蚊神を見て少し頬を赤らめながら恥ずかしがるように店内に戻っていった。


「何ですか今の?そんな人なんですか?蚊神さんって」


蚊神は軽く舌打ちしながら嫌々答えた。


「ここで商売するからな。ああいうのは愛想良くすれば後々、楽なんだよ。」


「そんなもんなんですねー。私もやろうかな」


「お色気?」


「いや八方美人」


「早く戻るぞ。お前にあと1人紹介したい奴がいるんだ」


久蛾が顎で蚊神を差しながら歩き出す。

蚊神は歩きながら少しだけ後ろを振り返り薬屋の看板を見た。


[Susika]とローマ字でスシカと書かれていた。


老人は自分が殺されない事を知ると大きく息を吸い込んで大きく吐いた。

よっこらしょと言いながら起き上がった。


その時にようやく遅れて自分が信じている神を侮辱された事を思い出した。


「わしが信仰しているのは決してインチキ宗教ではない!!次、骨の楽園スカルエデン教をバカにしたらただではおかん!」


老人はせめてもの反撃にすでに遠く離れた3人に大声を出した。


3人のうちさっき殴りつけてきた女性が振り返った。


老人は自分の歳を忘れて走って逃げた。



13区の酒場通り。そこを少し入った所に馬車が3台入るぐらいの空洞が空いていた。

所狭しと酒場や家が並ぶ中に突然そこだけぽっかりと切り抜かれたかのように深い空間があった。


その空間の奥には一体、何があるのか。

それは入ってみなければわからない。

その空間は朝の明るい時間でも影の関係で何故か暗かった。


その空間に今、久蛾たちが何の躊躇いもなく入っていく。


その空間の最終地点に酒場ノクターンはあった。

時間はまだ夜になる前、それなのにノクターンの周りは何故か薄暗かった。


久蛾たちはノクターンを見上げる。

ノクターンの看板の上にムシノスローンと大きい看板がつけられてあった。

ちょうど事務所があるところだった。


「今、思ったんですけどこれじゃあ何してるところか分からないですね」


アゲハが看板を見上げて腕を組みながら言った。


「それ……作る前に言ってくれよ」



ムシノスローンの事務所に入るとソファにウィーブが座って剣の手入れをしていた。


「……ん」


ウィーブは目だけ動かして言った。

アゲハはウィーブの向かい側のソファに寝転んだ。


「ふぅー眠い。寝る」


アゲハはそのまま本当に寝てしまった。


蚊神と久蛾は事務所の奥に入っていく。

奥まで行くと左側が少し空いていた。

社長の机と椅子があるところまで行かなければ視覚で見えない所だった。


その少し空いている空間には3階の階段があった。

蚊神は特に驚きもせず久蛾の後ろについて3階まで上がった。


3階に上がるとすぐに鳥の鳴き声が聞こえてきた。

20羽ほどの大小様々な鳥が籠に入れられて鳴いていた。


そして上の方にある鳥籠に梯子を登って餌をあげている女性がいた。


その女性は蚊神の視線に気づき少し早く梯子を降りた。


梯子を降りてすぐ両手を太ももの位置に合わせお辞儀をするとあまり生気がこもっていない目で蚊神を見返した。


「……私はフルミです。初めまして」


フルミは長い紺色の髪の毛をお団子ヘアにしていた。目の横にはほんのり皺があり口はぴったりと閉じられていた。


「蚊神空木です。今日からここで働くことになりました。そんで異世界転移者で久蛾さんとは前世で同じ仕事してました」


その生気がこもっていない冷たい瞳とその凍えるような細くだけどよく通る声を持つフルミを見て何故か蚊神は少し早口気味で話した。


とにかくその目で見つめられる時間を少なくしたかったからだ。

何故か心の裏側まで見られている気がして蚊神は自分から目を逸らした。


「ウツギくん……ですね。よろしくお願いします」


そう言ってフルミは業務用の笑顔を見せた。

その笑顔だけで蚊神は少し救われる気持ちになった。


「あ、ああ。こちらこそ」


フルミは横で小さく欠伸をしている久蛾に視線を移した。


「明日から本格的な業務が始まると聞きました。今日は餌やりと掃除そして鳥籠の点検を既に終わらせていますが何が他にやるべき仕事はありますか?」


そう言ってフルミは暗くなりつつある外をチラリと見た。


「いや何もない」

「では今日はこれで帰らせていただきます。お疲れ様でした」


フルミは足早に部屋を後にした。その間一度も蚊神を見なかった。


「あーふぅーなんか緊張しましたよ。あの人もなんか変わった人ですね」


今になって鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。

何故かフルミがいた時はまるで静かだったのにも関わらず。


「フルミはこの世界に興味がないんだ。あるのはたった一つ、息子の事だけ」

「息子がいるんすか?」

「ああ1人な。父親がいない分、苦労してるよ」


蚊神は自分の両親のことを思って少しだけ胸がムカムカとした。


少しだけ2人の間に沈黙が流れた後、蚊神が階段のすぐ横にもう一つ階段がある事に気づいた。


「まだあるんですか?」

「上は屋上だ──見に行くか?結構すごいぞ」



屋上の扉を開くと蚊神が思っていた屋上とはまるで違った。

そこにあったのはちょっとした花園だった。


花壇に植えられた草花それに床までも芝生になっていた。ベンチまでもが置かれており柵もこの花園の世界観に合っていた。


「ここは?」

「フルミが息子の為に作った庭だ」


蚊神はついさっきあったフルミが花に水をあげているところを想像するがいまいちピンとこなかった。


久蛾は柵にちゃんと接着されたベンチに腰を下ろした。

蚊神は芝生の上に座った。

もうすぐ夜なのに土はまだほんのり暖かった。


「なあ空木」


寝っ転がろうとしていた蚊神は久蛾の真剣な顔に気づいて慌てて座り直した。


「何ですか?」


「俺はこの国で天下を取る。富裕層の奴らも王族さえも俺の手駒に入れてやり直すんだ。前世のあのクソみたいな人生のクソみたいな終わり方……それなのになんでか知らねえけど神様は俺にチャンスをくれた」


久蛾は立ち上がった。蚊神も立ち上がる。


「俺は転生、お前は転移──こんな奇跡あるかよ」


久蛾は微笑んだ。目は少し赤くなっていた。


「ないですよね。普通」


蚊神は既に涙目だった。


「俺はこの命でクソみたいな人生で最高の終わり方をしようと思ってる。……空木。また俺に着いてきてくれるか?」


久蛾は手を差し出した。


「そんなの当たり前じゃないですか」


蚊神は溢れ出た涙を袖で荒々しく拭った。


「着いていきます!死んでも!」


蚊神は久蛾が差し出した手を両手で強く握った。


「天下とりましょう!」

「リベンジだ」


手を握り合った2人の虫を夕焼けが照らしていた。

まるでこの2人の再会を祝福してるかのように。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る