59.胎動、そして完結へ

 南極大陸が爆発していた。

 降り注ぐ火の粉の中に、光の柱が視える。


 柱は翼だ。

 巨大な光の翼が四対。合計八枚が天に向かって伸びてゆく……。

 そして大地に穿たれたのは赤黒い孔だった。「地獄の門」と呼ばれるそこには、翼の主であったであろう巨大なるもののむくろが四体、横たわっていた。


 いずれも身のたけ数十メートルを超える黒き巨人である。

 かれらこそが、世界各地に点在する巨人伝説の祖、であろうか。

 やがてその骸を苗床にした、「次なるものたち」が現れる。対峙するのは福音の名を持つ戦闘マシーンだ。赤く変異した地球を舞台に、〈教団〉との最終決戦が始まろうとしていた。


 大地を埋め尽くす「次なるものたち」。世界に可逆性かぎやくせいはない。滅びゆくさだめのなかでそれでも戦士たちは懸命に戦っていた。躍り出る福音。量産配備された「次なるものたち」をなぎ倒し、遥か眼下に広がる神の軍勢へとダイブする……。




「これが『福音エヴァンゲリオン』完結編の予告なのかい」


 そう言ったのは画面をのぞき込んでいた二宮禁次郎だった。なんだか仰々しいけれど……本当にこの通りにやるのかねぇ。ほら、最近多いでしょ。風呂敷広げるだけ広げて畳まない映画とか小説とか……。高橋さん、あんたが書いてるこれもだよ。そう言ってにやりと笑った。


 しかし、と二宮はそこで口調をあらためる。

 現在、世界の大半はこんなありさまだ……。そう言って二宮が高橋に見せたのは凄惨な光景だった。およそニュースのものではない。何処で拾ってきたのかと問うと、ネットの動画だよと返ってきた。


 ヒトの形をしているがすでに人の意識を失った者たちが、富士の樹海を彷徨さまよっている。

 一部は街にあふれだし、巡礼者のごとく列をなし、ある一点を目指している。

 目指す先はおそらくアダマスの器こと、〈天満美影〉だろう。ヒトとしての意思を失った後も、グノーシスに導かれるままに、かつてヒトだった者たちはこの聖なる地に集まってくる。


 道中、力尽きて斃れる者も数多いなか、それでも生き残った者たちは続々と集結しつつあった。


 それを遥か彼方から眺めている者がいる。

 ゲシュヴィッツ伯爵令嬢だ。

 豊かな銀髪を風になびかせ、あの日と同じ臙脂色えんじいろのゴシック調ドレスに身を包んでいる。


 魔女としての彼女は本物だ。なぜなら〈第二次大覚醒〉を経てもなお、伯爵令嬢は以前のままであったのだから。

 恒久不変なるイデアの導きのままに、何百年を生きただろう。


 帰ろう、と思った。

 あのルーマニアの、古色蒼然こしよくそうぜんとした城へ。

 そこで再び静かに眠りにつくのだ。

 天には美影が眠りについているはずである。今はもう会えないが――遥かなる時を経たその時に、もしかしたら、また逢うことも叶うかもしれない。ゲシュヴィッツ伯爵令嬢は、そう思いをせるのだった。




 かくして、天満美影の物語は終極しゆうきよくを迎えた。

 目の前に置かれた原稿用紙の中に、きっちりと納まって十万文字。一冊の本にするには十分な文量だろう。終盤が唐突に駆け足なのは気になるが、よく書き上げたもんだ――と二宮は喝采かつさいした。


 当の高橋はといえば、


「そうでもない」とだけ告げ、いつも一杯しか頼まないコーヒーの代わりにチキンライスを注文するのだった。ああ、グリーンピースは抜いてね、と注文を付けるのも忘れずに。


 ウエイトレスのお姉ちゃんは、気だるそうに返事をすると、分かっているのか分かっていないのか、緩慢かんまんな動作で厨房にオーダーを伝えに行くのだった。

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