57.揺れる世界

 こうして世界は次なる階梯に向けて進み始めた。

 導師は語る。

 ソフィアよ、ソフィア=ピスティスよ。我が愛しき知性グノーシスの娘よ。お前は混じりなき力からの者だ。ノアの大洪水後の地上では最初のものとなろう。だからいまこそ聞いて悟るがいい。私が現れる以前、太初に存在した大いなる三つの力について、私がこれから語ることを。


 光と闇があった。その中間に生まれざる霊があった。

 お前の根底は生まれざる霊の中にこそあったが、それは忘却の内に沈んでしまった。だから私は今、お前に三つの力に関する真理を明らかにしようとしているのである。


 その光は聞くことと、ロゴス――文字に満ちた思考であった。

 それらは一つに結ばれていたのだ。

 反対に、闇は風であり暗黒の水の中に在って叡智を持っていたが、それは混沌とした火に包まれていた。光と闇の間にある霊は、控えめな光でもあった。これらが三つの根源である。


 それらは互いに干渉しあわず、それぞれ自分自身を支配していた。

 そして、それぞれの力もって、互いに覆い合っていた。

 しかし光は大きな力を持っていたので、闇が卑小で無秩序であること、すなわち、その根が真っすぐでないことに気がついた。闇のねじれとは無知な思い上がり。すなわち自分の上には誰もいないと思い込んだことである。……。


 それは「シェームの釈義」と呼ばれる文書の一節を引用したものだった。

 導師は教義を広め、〈教団〉の版図を拡大してゆく。世界は塗り替えられる。不完全なそれから、神のもとに還るための助走を始めるのだった。




 突然の警報が〈教団〉本部内に響き渡った。


「飛翔体二機が本州防空圏内に侵入。識別信号は航空自衛隊のものです」

「目的は〈天満美影〉の破壊か奪取か。あるいは……」


 これは〈教団〉のオペレーターと君由とのやりとりだ。

 アダマスの器と化した〈天満美影〉はいまだ認知に至っていない人々にとっては害悪にほならない。世界を書き換えようとする〈教団〉の思惑と真っ向から対峙してくる者たちは、まだまだ生存していた。


「対空兵装全機待機中。敵機を絶対に〈御神柱〉に近づけさせないように」

「了解です。現在、空自のF―15が接近しているとの報告が入りました。間もなく会敵とのことです」


 現場の指揮を執るのは君由以上の高身長を誇る偉丈夫だった。

 どこのものとも知れぬ黒い軍装を崩すことなく全身を固めている。階級章のようなものは見当たらないが、元はれっきとした軍人なのかもしれない。


 手慣れた様子でオペレーターたちに指示を下す。

 こちらからも戦闘機を出しますか? との問いかけには、足止め程度には役に立つだろうかと返した。そもそも必要のないことではあるのだがね――そんな呟きを君由は耳にしていた。

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