54.サイレンのなる頃に

 サイレンが鳴っていた。

 この街にも避難命令が出されました……。繰り返される文言。

 ああ、またか――と高橋は夢うつつに思った。


 宗教団体によるものと思われるテロは日々激化している。

 各地で多数の死傷者を出していることが、ニュースでも矢継ぎ早に伝えられていた。


 青木ヶ原の樹海にあるとされる本部施設跡地では、再び突入した警官隊と集まっていた信徒らが、激しいぶつかり合いを繰り広げたのち、教団側が致死性の毒ガスを散布するという、最悪の結果に終わったという。


 双方ともに死傷者は数え切れぬほど。

 偏西風に乗って毒ガスはまたもや東へと流れてゆく。

 この街にも避難命令が出ました……。表の通りをパトカーを始めとした緊急車両が何台も駆け抜けていくのが見えた。



 高橋と二宮は、その喧噪に混じって駆け抜けてゆく、仮面の信者たちを見たような気がした。見なかったような気もした。何故そんなことを気にしたのかは分からない。


 表通りは、毒ガスの脅威から逃れようとする避難民で、徐々にごった返しつつある。


 うるさいな、と思う。

 これこそがハルマゲドンの時なのかもしれない、とも思った。

 とはいえ、そんなのはどうでもいい事だ――と彼は考えている。

 ウエイトレスのお姉ちゃんもそれは同じようで、普段はくれないコーヒーのお代わりを淹れるために厨房へと戻っていった。例の年金暮らしの老人も、相変わらずコーヒー一杯で粘っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る