50.あの日から

 あの日――〈教団〉が日本政府に宣戦布告してから、街のあちこちでは厳戒態勢が張られている。


 喫茶店の窓から通りを見渡せば、いたるところに警察官が立っているし、警察車両も常に出動できるようスタンバっている。


 その後、地下に潜って姿をくらました〈教団〉幹部たち――特に導師についての捜索は依然として続いていたが、肝心な手掛かりはつかめずにいた。

 そして、思わぬ形で勃発するテロ行為が、その脅威を日々拡大させている。すべては〈教団〉による凶行に他ならない。その目的も意図も不明なままではあったが、彼らに指示を下している最高指導者が、大いなる父と呼ばれる導師であることに間違いはなさそうだった。


 マスコミ各社はこぞって〈教団〉のことを書きたてた。


「青木ヶ原樹海にある本部施設への強制捜査が行われたが、施設はもぬけのからであった」

「各地でのテロ行為は、日々拡大の一途をたどっており……」

「南裏界島の宇宙開発事業団に不審な動きあり……」

「西アフリカのカンドラテッツ王国では、その後新たな政権が樹立……」


 あれやこれやと情報は錯綜し、人々はその波に揉まれているうちに〈教団〉は姿をくらましたのだった。思えば、情報をかく乱する担当員が、数多くマスメディアの要所に潜り込んでいたのかもしれない。


 かくして、世界は大きな目覚めの時を迎えることとなったのだが、高橋といえばあいも変わらず喫茶店で二宮とコーヒーを飲むだけの日々を続けていた。それしか彼にはすることがなかったからだった。


 ちなみに、株式会社もとい新興団体コンキスタドールも相変わらずだった。こちらも教祖たるナベさんは、行くたびに肥え太っており、先日訪れた際などは、件のジェニタル・バイセクションによって四本に裂いたペニスを持つ男優と乳繰ちちくり合っていた。


 四本のうち二本で乳首を、もう二本を首筋に這わせ、性感帯を刺激している。

 股間は大きくテントが張った状態となっており、「これにより第二のチャクラが解放された」などと言いながら、大きく放屁するのだった。


「だんだん下品な方向に走ってきたね、ナベさん」

「もともと上品な人じゃなかったけどな」


 二宮と高橋はそう言って力なく笑い合う。


「で、どう考えているんだい?」


 サングラスの奥の目が笑っている。何かを期待しているような目だ。

 別にどうだっていいじゃないかと高橋は答える。世界ってのはそもそも混沌に始まり混沌に終わるものだ。デミウルゴスなんて言葉もある。第一、そもそもの「福音エヴァンゲリオン」がそうだったじゃないか。完全なオリジナルを見出せるとしたら、それは古代の神話なのだろう、とありきたりな解釈をする。


 だが、その神話にしてもなにがしかの「事実」を元に戯画化されたものという説もある。

 まこと、事実は小説よりも奇なり。

 事実から虚構が生まれたのだとしたら、いま我々がやっていることは人類思想史の遡行そこうそのものなのかもしれないね。そう言って二宮は深く頷くのだった。

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