48.中継を見る二人

「お、宇宙機の打ち上げ中継か」


 行きつけの喫茶店。その据え置きテレビには、南裏界島に隣接するメガフロートの様子が映し出されていた。


 ここ数年で進んでいる、新世代型国際宇宙ステーションの建造用資材が打ち上げられるのだ。ひょっとしたらあの子も乗っているのかもしれないねぇと、二宮は高橋へ話しかけた。


 中継はごくあっさりとしたものだった。

 誰が搭乗しているとか、そのようなことは一切報道されず、ただ軌道上に向けて出発が成功したという旨だけが、淡々と語られていった。


「あんな年少宇宙飛行士が旅立つっていうんだったら、もっと大々的に特集とか組むのかと思っていたけれども、そういうのは一切ないんだな」と二宮。

「そりゃあ、まぁ……秘密裏に行われるなんとやらとかって聞いていたぜ。倫理的な面でもおおっぴらにはできないだろうよ。なにかと世論がうるさい時代だしな」

「確かに。あんな小さな子を危険な宇宙ミッションに駆り出しているなんてしれたら、一部の人権団体が大騒ぎするのかもしれない。過ぎ去りし八〇年代であれば、喝采されたのかもしれないけれどね」


 喫茶店の客はまばらだった。

 マスターはいつも厨房に引っ込んでいて姿を見せたためしはないし、ウエイトレスのお姉ちゃんは愛想がなく、いつも気だるそうにしている。たまにレジでネイルの手入れなどしているときもあるが、まぁ、それについて文句を言うような客層の来る店ではなかったのだ。


 だから二宮たちも大威張りで、コーヒー一杯で何時間も粘る。冷めてしまってなおちびちびやっているのは、いかにもけち臭い男の典型だろう。

 そんな二人にウエイトレスのお姉ちゃんは、お冷のお代わりいかがですかと言って、氷の入っていないぬるい水道水を置いていくのだった。


「……最新鋭の国際宇宙ステーションか。さぞかしいいコンピュータで構成されてたりするんだろうな」


 そんなことを言ったのは高橋だった。

 二宮は、いいやそうでもないよと首を横に振り、


「実はああいう場所は二~三〇年ほど経過した技術が使われているんだと学んだことがあるよ。もちろん部分的にだけれどもね。俺も調べていて驚いたんだけどさ、過去のISS国際宇宙ステーションの頭脳であったコンピューターなんか、一九七〇年代から使われた『アルゴン一六』とかいうのが現役だったそうだよ。考えてみりゃあ、かのアポロ計画で使われたCPUも、当時のテレビゲーム並みの演算能力しかなかったと聞いたことがあるなあ。やはり最終的にものをいうのは人間の頭脳なのかもしれないね」

「なるほど」

「まぁ、そういう具合に古い形式の部品を取り入れるのは、宇宙へ出ていく時に強い衝撃を受けるからなんだそうだよ」

「なんでそれが関係あるんだ」

「耐久性さ。それだけではなく、宇宙での強い温度差や宇宙粒子などに晒されても、故障しない強靭さが各部品には求められる。過酷な環境下でも正常に動作する、そういう安定性が一番重要視されているんだ。なものだからわざわざ旧型の部品を製造できる工場のラインを残してあるわけ。このためだけにね。だから、旧式のCPUチップ一枚で日本円で八十万円程するんだってさ」

「なんという贅沢だ」

「EMU……船外用宇宙服もそうだね。新しいものが取り入れられてはいるけれど、現実に使われているのはそれこそ七〇年代に製造されたものを、修繕しながらの運用だ。思えば我が国の国産車もそうかもしれない。なんだかんだでバブル期のセダンとか、今でも現役なものが多いよね……」

「確かに、メンテにとんでもない金がかかることを除けばな」


 よく知っているものだと高橋は二宮を褒め称えた。

 いやいや、これも美影みかげくんのおかげですわ、と何故かナベさん語尾になる二宮禁次郎。

 色々と興味が湧いてね、関連書籍を片っ端から読み漁ってみたんだよ。面白いんだよ、赤裸々に書いてあるのもあったりして……。前にナベさんも言っていたけれど、宇宙開発とAV撮影は意外と相性がいいのかもしれないね――そんなことを話し続けた。


「もう衛星軌道上に辿り着いたころだろうか」

「そうだろうな」


 ぬるいおひやで喉を潤しながら、高橋たちはなおも粘っていた。

 ウエイトレスのお姉ちゃんは、それ自体はなにも気にしていない。なぜならそのぶん仕事がさぼれるからだった。マスターは何とも云わないのだろうかと高橋はたまに首を傾げるが、ここはそういう店なのだ。


「宇宙……。宇宙ってなんだ?」

「諦めない事さ。数多くの犠牲を出しながらも挑戦し続けた結果がこんにちに繋がっている」


 高橋の呟きに、二宮は真面目に答えてみせる。

 いや、そうではなく……哲学的なことを考えていたんだけどな、とは高橋の弁だ。


「よく考えてみれば俺たちは宇宙について何も知らないではないか。せいぜい絶対零度の真空で無重力の世界、程度だ」

「まぁね」

「人間は知らない世界を知ろうとして宇宙へと出ていこうとした。結果はどうだ。『知らない』ということがより強まったただけではないのか」

「どういうことだい」

「確かに宇宙望遠鏡やらなんやらの発達で、はるか遠くの銀河系や恒星系の星々を観測することはできるようになったかもしれない。だが、それらはとっくの昔――何万光年の彼方で発せられた光の残滓に過ぎない。いまから手の届くものではないだろう。俺たちは常に過去を見せられて生きている。どうあっても未来を視ることはできないのか」

「それができる力があるとしたら……」

「宇宙の声を視ることができるという、あの子自身なのかもしれない」

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