35.EVA訓練

 EVA訓練、と聞いて色めきだったのはゲシュヴィッツ伯爵令嬢だった。

 EVA、船外活動ですわよ。宇宙飛行の花形ですわ。

 彼女はそう言って、訓練への意欲を見せている。いよいよ本格的に「らしく」なってきたじゃあありませんこと。そう言って喜びを隠そうともしなかった。


 しかしながら、現実に彼女たちを待っていたのは何とも地味な作業だった。


「……どうしてこうなるんですの?」


 安全帯をつけ、身体をロープでつられた状態の伯爵令嬢が、今度は憮然とした面持ちで呟いた。


 そりゃあそうだろう、と美影は思う。

 EVAと聞いて何を想像していたというのだろうか。待ち受けていたのはPOGO――Partial Gravity Simulatorという名の技術試験だった。このつづりで何故略称がPOGOなのかについての説明はなかった。


 つまるところ、身体を宙づりにされた状態で、決められたシナリオ通りの移動や作業をこなすというものであり、ゲシュヴィッツが想像していたそれとは、天地と程の差があった。


 まず初めに担当教官によるEVAツールの説明がある。異常なほど早口で行われるそれを、必要な確認を行いながらしっかり把握する。これも試しなのだ。


 美影は、事前に学習しておいたおかげである程度の予測ができていた。早口の説明でも理解は追いつき、心に余裕があったとさえいえる。根が真面目な少女ではあるので、油断はなかった。


 しかし――


 いざ吊り上げられてみると、思っていた以上の体感のバランスをとるのが難しいと分かる。


 最初は、開始地点から作業地点までの移動だ。

 イメージ通りにやればいい。

 とは言え、時間制限が設けられているため、作業自体は急いで進めねばならない。ありとあらゆる結果が評価になるのだ。しかし、移動しようとしても、美影の身体は動かなかった。


(ど、どういうこと?)


 焦って横を見ると、身体を吊り上げている担当教官が、ひたすら腕を突っ張ったままでいることに気付いた。かれが動いてくれなければ自分も動くことはできない。


「なぜ動けないのでしょうか?」と訊いてみても、質問には答えてくれない。自分で考えろということか……。少々焦りながら、開始地点で相当の時間をロスしてしまう。


 さらに悪いことに、無理にでも動こうとするたびに身体が大きく揺れ続け、船酔いに似た状態になってしまう。頭が朦朧もうろうとし、思考力が急激に低下してゆくのが分かった。


(そうか!)


 ここでようやく気付く。一番初めにやらねばならないことがあった――移動を開始する際は、身体を固定しておくための安全帯から外さねばならなかったのだ。教官があえて引っ張り続けていたこともあって、全く気付くことができなかった……。


 ようやく作業に取り掛かれた時には、時間の大部分を消費した後であった。

 加えて極度の船酔い状態だ。

 思いだけが先走って焦り、決められた予定の半分ほどもクリアできずに時間切れとなった。油断はないはずだったが、このようなつまらないことで全てが台無しになってしまった……。


(慢心があったのかもしれない)


 と美影は思った。防ぐことができた失敗だろう。

 現実の宇宙であれば、もしかしたらとんでもない事故に結びついていたかもしれない。憂鬱ゆううつになり、引きずってしまいそうになるのを、稲村が優しくなだめてくれたのは、唯一の僥倖ぎようこうと言えたのかもしれない。

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