31.食堂にて

 そんなある日のこと、個人教練を終えた美影は稲村と二人で食事をすることにした。珍しいお誘いだが、せっかくだからお受けしようと稲村。勿体ぶった言い回しがどこかおかしい。


 二人はANALが管轄する職員食堂に入る。関係者ならば誰でも利用可能な場所だ。


 食堂内は昼過ぎということもあって、さほどの混雑もしていなかった。何でも好きなものを好きなだけ取れと言われたので、美影はそれに従う。最近は食欲が出てきた。特に今日は長時間の運動をしたため、空腹は切ないほどだった。大量の料理を取り皿に盛る少女を前に、配膳係はいささかたじろいでいる。


「なあ、この食材はいったいなんなのだ?」


 訊いているのは稲村だ。

 見れば、奇々怪々な、銀鱗煌(きら)めく魚と思しき食材が揚げ物になっている最中だった。


「これはコーランの浮揚魚フライフィツシユです」――白衣姿の配膳係が答えた。


「珍しいな。それを貰おうか」


 翼のついた魚を美影は見たことがないわけではない。ただそれはトビウオという品種であって、翼に見えるそれはあくまでもヒレが発達したものだ。だが、いま目の前で揚げ物になっているそれときたら……。


(う~ん、私はやめておいて正解だったかもしれない)


 一方の稲村はというと、好奇に満ちた目で調理が進んでゆくのを眺めていた。

 美影は適当な空き卓をさがして隅の方に座る。ややあって稲村もその前に座った。


「ふむ、これは旨い」


 長身の女傑は、ナイフとフォークを器用に使い分けながら、白い身を口に入れるなりそうつぶやいた。あの奇々怪々な外見の魚がねぇ。思ったが口には出さない美影。稲村はというと食が進むのか、どんどん口のなかへ放り込んでゆく。その手つきはどこか解剖学的だ。


「これが飛翔するための筋組織だな」などと一人で講義を始めているのがやはりおかしい。

 それを聞き流しながら、美影は食用ミミズのコロッケを頬張っていた。環形動物は歯ごたえがあって旨いと思う。コリコリとした舌触りは縦走筋のそれだろう。食べ物の好みはどっちもどっちなのだ。


「……お前が喰っているのは虫なのか」

「虫じゃないです。食用ミミズ」


 稲村は露骨に嫌そうな顔をしてみせる。「先ほどの配膳係……今度は食用虫のフライをメニューに加えるとか言っていたぞ」

「それは楽しみだな。悪くないと思います」

「なぜそう思う」

「なぜって……」と美影は疑問も抱かずに答えた。「こういう場所ですからね。食糧事情が一風変わっていることはよく分かっていますよ。南裏界島の神社にいたとき、食事の準備は私がやっていましたから、どんな食材がどう加工されて食卓に上っているのかは分かっているつもりです。もとより一次生産業の弱い日本です。自国の土地だけで普通の肉や穀類を供給することにも限界がある……分かっていたことじゃないのかな……」

「で、だ」


 稲村は合成品のペレットをつまみながら話を促す。「それはまぁ、こんなものだけに頼るよりは健全だと思うがな。しかし、虫を喰うことが果たして文明的と言えるのか、そもそも人間的と言えるのか」

「まぁ、昆虫はそれまでの穀物にとって代わる第三の食料と言われていましたしね。もともとは宇宙食の原料として考案されたと聞いています。そう考えれば増えすぎた人類が、新たなフロンティアへ出ていく上での、これは通過儀礼イニシエーシヨン……必要なことなのではないのかなと」


 答えは完璧のはずだった。だが稲村はと言えば、やや皮肉めいた顔をして、

所詮しよせんは一時しのぎに過ぎないのではないかと思ってな」

「……あまり現代の神話を信じていないようですね」

「そう聞こえたか?」


 少し気まずい空気が流れる。


「いえ、気持ちの上では分かります。確かに虫や環形動物を加工して食べるのは、なんだか原始的で退化したような気にもなる、と。昔読んだ料理本のなかにもそういう記載があったし、そういう考えが存在することは理解しているつもりです」

「ならばいいじゃないか」


 話は平行線のままだった。どのみち二人の主張はさほど食い違ってはいない。

 食べ物の好みの話を文明論に飛躍させているだけなのだ。躍起やつきになる話題ではないと判断した美影は、それ以上逆らうのをやめた。

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