30.白いジグソーパズル

「宇宙に行きたい」と「宇宙飛行士になりたい」は明確に違うと言われている。

 このことは美影たちにも再三の確認が行われた。

 例えるならば、飛行機に乗って旅行に行く「乗客」と、その飛行機を操縦する「パイロット」ほどの違いだ。


 同じ空に上がるにしても、この両者は目的も役割も、背負っている責任も全てが異なる。だから、「宇宙旅行者」と「飛行士」は違う。


 とはいえ、国際航空連盟の規定によれば、宇宙飛行士とは「カーマン・ラインと呼ばれる海抜高度一〇〇キロメートル以上の宇宙空間に達した人間」と定義している。

 それだけ民間の宇宙旅行者がまだいないからだ。飛ぶことそのものがステータスとして持て囃されるのは、果たしてあと何年だろうと稲村九霧はこの定義を皮肉ってもいた。


「でもわたくしたちは、仮に宇宙まで行けたとして、別に宇宙船の操縦をするわけではないのですのよね?」

「ああ、そうだね」


 ゲシュヴィッツの疑問に答えるのは君由だった。


「君たちに求められているのはあくまでも、衛星軌道上での地鎮祭を執り行うという儀式だ。だから宇宙へ上がるために必要な教練は、最低限ですませるつもりらしいよ」

「というと」

「まぁ……まず自分の身を守ることが第一だからね。宇宙では自分のことは全部自分で責任を持たなければならない。もちろん、それには他の仲間の力を借りるということも含めてだけれど、いざというとき――他のメンバーの命を危険にさらしてまでも、自分自身を救ってくれる保証はないということだ」

「厳しいんですね……」


 これは美影の感想だ。ミッションを仲間とともに遂行する上で、最も重要なのが「命を預け、そして預かる仲間から、絶対的な信頼を得られているのか」ということだと君由は説明した。


 他人から信用を得るために必要なことは多岐にわたると言っていい。

 人間性の良し悪しに始まり、チームスキルやオペレーションスキルに長け、コミュニケーションツールとなる語学が堪能であり……。何よりそう言った過酷な環境を耐え抜くタフな精神力。そういうことだと、白衣の青年は力説するのだった。


 このことは、特に閉鎖環境試験における共同作業で試されることとなった。ストレスのかかる極限状況で、いかにチームワークを維持していくか。人の命を預かることのできる人間か。それらが試されていくこととなった。



「……というわけで、こんな部屋に閉じ込められているわけですけれども」


 ゲシュヴィッツはそう言って、殺風景な部屋を見回した。

 これから三人だけで、なんの絵柄も描かれていない「白いジグソーパズル」を期限内に組み立てよというミッションだった。これは単純な作業を根気強く、パフォーマンスを落とさずに、淡々と実行できるかどうかが試される試験だ。


 これは全く問題なかった。

 美影の持つ可詞化能力エクリチユールが驚くほど覿面てきめんだったのだ。絵柄も何も描かれていないパズルのピースも、美影の感覚にかかれば何ということはなかった。多くの候補者がトラブルを起こして脱落すると言われているこの試験を、三人はわずか数時間で終えることになる……。


「やはり美影くんの持つ、あの力は特筆すべきものだね……」

「ええ、あとはその安定なのですけれども」


 会話するのは君由とC・Fだった。

 まるで宇宙という特殊環境に適応するためだけに生まれてきたような娘だ。そのようにかれらは思い、互いに顔を見合わせる。

 ある程度想定していたことではあったが、人類進化形の一つの可能性なのではないか――そのようなことをC・Fは述べるのだった。

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