27.淫靡なる欲求

 ハッと気がつくと、そこは白い壁とカーテンに囲まれた部屋のなかだった。

 医務室である。

 美影は寝台に寝かされていた。

 右腕には点滴の管が刺さっている。激しく嘔吐したため、脱水を起こしたのかもしれない。処置してくれたのはおそらくC・Fであろう。


(それにしても……)


 いまのは夢だったのだろうか。あまりにも生々しく、そして突飛な内容だった。なにより、夢の中でゲシュヴィッツ伯爵令嬢とひとつになったことは鮮明に思い出せる。明晰夢というやつだったのかもしれない。二人で何をしたのか、それをまざまざと意識してみて、美影は顔が熱くなるのを感じた。


(まさか、ね)


 おもむろに下半身へと指をわせてみる。まだまだ若い繁みをかき分け、その部分に達したとき、美影の顔は赤くなった。


 指先に感じたのはねっとりとした体液の感触である。

 美影は濡れていた。

 そういえばなんだか身体の芯が熱い。たかが夢の中のできごととは言え、こうなるというのは何かの暗示なのだろうか。


 自分は決して欲求不満ではない――と思い込んでいるし、その手の感情や衝動とは無縁な生き方をしてきたつもりだった。にもかかわらず身体が反応を見せているということは、彼女の中に自分でも意識していなかった淫靡な側面が潜んでいたことになる。違う。そんなんじゃ……。襲ってくるのは自己嫌悪だった。


 そのとき、カーテンの向こうから彼女を気遣う声が聞こえてきた。返事をすると、ゲシュッヴィッツと稲村が心配そうにのぞき込む。そして、もう大丈夫ですからと身を起こそうとする少女を、伯爵令嬢はそっと押しとどめた。


「わたくし、驚きました。いきなりあんな状態になるのですから。でも、思ったほど顔色は悪くありませんわね。そこは安心いたしましたわ」

「低気圧も来ていたからな。無理はしない方がいい」


 二人は交互にそう言って、美影を慰めた。

 しかしそうではない。そうではないことを美影自身はよく理解している。


(なぜならあれは、あの夢に出てきた怪物は――)


 脳裏によみがえるのは〈教団〉のことだった。

 それは、まるで凍結されていた記憶が解凍されるように、じわじわと彼女をむしばんでゆく。


 どうして忘れていたのだろう。意図的に記憶に手が加えられていたとでも言うのだろうか。ただ、私はあの化け物を知っていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る